サイレン
私は食べたいものは特になかったけれど、何も頼まないのも上原さんが気を遣うかと思い、とりあえずシーザーサラダを頼んだ。
そのチョイスに彼は不満があるらしい。
テーブルに届いたサラダを、虫でも観察するみたいな目つきで眺めている。……いや、もともと彼は目つきが良くないようなのでただ見ているだけかもしれないけど。
「言いたいことがあるなら言ってよ」
「俺は昔からこの緑の大群が納得いかない」
は?緑の大群だと?
今度は私の方が彼を似たような目で見てしまった。
サラダの中でも王道で、味付けだってしっかりされていて、なんならチーズとかベーコンとかサクサクのクルトンとか、見た目も食感もそこそこちゃんとしてるやつなのに。
彼は頬杖をついたまま、首をかしげていた。
「よくあるだろ、ランチのセットにサラダ」
「当然でしょ?栄養のバランスを保つってものあるだろうけど、彩りって意味でもね」
「なんなんだよ、その彩りって。こっちは求めてないってのに。だいたい、草を食ってるみたいで虫になった気分にならねぇか?」
「虫……」
そんな発想、したこともなかった。
いただきます、と二人同時に手を合わせて箸を持つ。
私がモタモタと一口目を口に運ぼうとしていると、彼は信じられないことに二百グラムあるハンバーグの三分の一を箸でざくざくと切り分け、それをパクッとちょっとしたお菓子を食べるくらいの感じで口に入れた。
一口がこんなに大きい人、初めて見た。
おそらくまだハンバーグが口に残っている状態で、大盛りに変更した白米をこれまた三分の一ほどを箸で器用に持ち上げ、そのまま口の中へ押し込む。
大食い選手権を間近で見ているような気分になった。
「食わねぇのか?」
彼に見入っていたので、声をかけられるまで箸でつかんだレタスを食べるのを忘れていた。
慌てて食べると、ドレッシングの酸味が身体に染みた。