サイレン
すっかり水滴だらけになったコップの水をごくんと飲み、ワンカップみたいにトンと音を立ててテーブルに置く。
ここが居酒屋だったなら、私はまた酔っ払いにかわりそうだ。
「ありもしないこと言われて傷ついたのよ。思わせぶりだの淫乱だのって。バッカじゃないの!もう彼氏なんてずっといないっつーの」
「……で、舗装したばっかのアスファルトに寝た、と」
「─────それは本当にごめんなさい」
また土下座した方がいいですかと小声で聞くと、上原さんは楽しそうに笑った。
私は全然笑えないので、口をへの字にまげて切々と愚痴る。
「でね、昨日そんなことがあって家に帰ったら、寝室とリビングの電気が二つ一気に切れちゃっててね。キッチンの明かりだけで夜を過ごしたの!信じられる?こんな不幸が重なるなんて!」
「電球取り替えろよ」
「脚立出したら、支える留め具?みたいなところが壊れて使えなくて。もう人生終わりだわ。暗闇で生活するとかお先も真っ暗」
「あははは、ご愁傷さま」
こんなに笑いを交えて盛り上がっている客は、私たちしかいない。
少ないながらも他の客の視線を感じつつ、深いため息をつくしかなかった。
「こんな時に支えてくれる人もいないってのが痛いところだなって。仕事にかまけて恋愛なんて忘れてたから。それを依子にも指摘されて落ち込んだんだよね」
「気づいた時にはもう一人ぼっちってわけか」
「……それでも、生きてくしかないんだけどさ」
生きてく、なんて表現を使ってしまうのはさすがに極端すぎたかなぁとあとから思ったけど。
学生ではなく、もう社会人であり、仕事をしないと生活していけないのだ。住んでいるところの家賃を払い、光熱費や食事代もしっかり稼いで、趣味や買い物なんかに回せるような自由のきくお金もできるだけたくさん稼ぎたい。
それらはすべて一人で出来ることでもあるけれど、恋人という存在がいたなら少しは気持ちも軽くなれたんじゃないかと思ったりした。
お冷を飲み干したあたりで、上原さんが窓越しに外を眺めて目を細めた。
「……そろそろ行くか。もう朝だ」
つられて外を見たら、お店に入る前はまだ少し暗かったのが明るくなっていた。
さっきよりも道路の交通量もいくらか増えた印象だ。
私もゆっくりと重い腰を上げた。