サイレン


「電球、取り替えてやろうか」

彼がそう言い出したのは、私の住むマンションに着いてからだった。
シートベルトを外してドアに手をかけ、車から降りる直前に声をかけられたから驚いて飛び跳ねる。
……ちなみに飛び跳ねたのは、私の心臓。

「えっ、でも……」

「どうせいないんだろ、取り替えてくれるような彼氏」

乗りかかった船だ、とでも言いたいみたい。

生活するにとても不便な暗闇を改善してもらえるのはありがたい。少し時間がかかったものの、お願いしますとうなずいた。




マンションに引っ越してきたのが二年前。
この部屋に男を入れたことは、一度もない。

まさか会って数時間の男を上げることになるなんて、自分でもびっくりした。

上原さんはもともとの身長が高い。だから、私では届かないところに余裕で手が届くのだ。
脚立はもう使えないから、キッチンに置いてある丸椅子を持ってきてそれにのぼって電球を替えてもらうことにした。
その丸椅子にのぼっても私には届かなかった照明に、彼はいとも簡単に手を伸ばした。

─────なんか、こういうのを見てるとすごく頼もしく思える。不思議だ、ただの電球交換なのに。

言葉遣いも悪いし、すぐ悪態をつくし、人のことを小馬鹿にしてくるけれど。
彼はとても親切だ。
だって、さっき出会ったばかりの女にダウンジャケットを貸してくれて、車で家に送ってくれて、しかも電球交換まで。

ありがたいという気持ちとは別に、胸の奥にかすかな熱がともる。

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