サイレン
邪魔をするつもりはもちろんなかった。
わざわざ中に入って、「上原清春さんはいらっしゃいますか?」なんてことをしたらきっと色々な意味でダメージを与えてしまうのは目に見えていたので、会社の入口よりも少し離れたところに立っていた。
これで、彼がここを通りかからなかったらもうアウト。
それくらいの賭けでいい。
外灯も数があまりなく暗いため、闇に紛れるにはちょうどいい。
時刻は十八時半。
時々、ぞろぞろと作業着姿の男の人たちが何人かが固まって会社へ入っていくのを見かけたが、上原さんの姿はない。
車の出入りもけっこうあるので、その中に彼がいたならば声のかけようもない。
討ち入りにしては、作戦が曖昧なのは分かっている。
でも、名前しか知らないから出来ることは限られていた。
時計の針が十九時半を回った頃、会社の前に一台の大型トラックが停まった。
エンジンをかけたまましばらくそこに停まっていたが、やがて助手席のドアが開いて見覚えのある人が降りてくる。
彼は運転席に座る誰かになにやら声をかけ、ドアを閉める。
大きなエンジン音を響かせながらトラックが走り去って行った。
トラックを見送る上原さんは、昨日と同じ服装だった。
ライトグレーの上下の作業着に、マスク。昨日と違うのは、黄色いヘルメットをしていることくらいだ。
私には気づかずに会社へ入っていこうとするので、思い切って声をかけた。
「上原さん!」
「………………須藤さん?」
暗がりから声をかけたので、声は聞き覚えのある私の姿を探している。名前を呼ぶ声色は疑心暗鬼な感じだった。
おずおずと彼に歩み寄ると、上原さんは仕事中はよく見える目を大きく見開いていた。
「ほんとに来たの?しかも、今日の今日?」
「すみません、ストーカーみたいなことして」
「来るなって言っただろーが」
速攻で拒絶されて、心が折れかける。
しかし、仕事で鍛えた鋼のハートが私にはあるのだ!
気を取り直して、コンビニで買ったコーヒーだらけの袋を彼に差し出す。
「これ、昨日迷惑かけちゃったので、職場の方に渡してくれませんか?ほんのお詫びに」
「あぁ、コーヒー?分かった、配っておく」
「足りるかな?アスファルトの舗装って何人くらいでやるのか分かんなくて、適当に買ってきちゃって」
「余裕で間に合うよ。なんか悪いな、別によかったのに」
「だってこれは建前ですから」
私の言葉に、コーヒーの袋を覗き込んでいた上原さんがいくらか反応してこちらを見つめる。
朝方はちゃんと見えなかった目は、しっかりと私を捉えていた。