サイレン
カチャカチャと食器のようなものが合わさる音と、またコポコポ液体を注ぐような音が聞こえたと思ったら、土下座をして下を向く私の後頭部がやんわりコツンと小突かれた。
「これ飲んだら帰れ」
彼の手には、シンプルな白いカップに入れられたコーヒー。
すぅっと息を吸い込むと、香ばしい匂いがした。
受け取って、こくんと飲むと身体中がぶわっと温まる。
左手首につけている腕時計で時間を見てみると、夜中を飛び越えて朝と言っていいのだろうか、四時半。
窓から見える外は、真っ暗だ。
「この時間でも働いてらっしゃるんですね…お疲れ様です」
おずおずと話しかけると、奥の方でなにか作業をしていたらしい男がむくっと身体を起こした。
遠目でも彼の目がイラついているのが分かる。
「そんなわけねぇだろ。あんたのために残ってたんだよ」
「え!す、すみません」
「他のみんなはもう帰った」
「道路の舗装ってそんなに早く終わるものなんですか?」
夜通ししてるのかと勝手に思い込んでいた。
身近にそういう仕事をしている人があまりいないので、イメージが湧かないのだ。
面倒くさそうな色を目に浮かべながら、こちらへ戻ってくる。
またパイプ椅子に座ると、クセなのか脚を組む。その組んだ脚の上で頬杖をついてぼそっと答えた。
「今の寒い時期の方が、舗装するには向いてる。熱で溶かしたアスファルトが固まりやすいから。今日は飛び込みで依頼があったんだ。昼間もいくつかの現場でハシゴして仕事してるし、けっこう忙しい」
「そうなんですね。身体使う仕事なのに一日働き通しなんて大変ですね……。─────ちなみにここってどこですか?」
「うちの会社の従業員休憩室」
「わあ!本当にすみません!もう帰らなきゃ!」
コーヒーを飲み干そうとしたものの、熱くて出来ない。
ふーふー冷ます私の姿をじっと眺めていた彼は、立ち上がるとそばにあった簡易的なIHからヤカンを下ろして余ったお湯をシンクに捨てていた。
べコン!という音が聞こえて、思わず身を乗り出す。
「熱いお湯をシンクに流すのって、危険らしいですよ」
「は?」
裸足のままで床をつま先立ちでひたひた歩き、シンクをのぞき込んだ。
もうすっかりヤカンのお湯は排水溝に飲まれていたようで、手遅れのようだ。