サイレン
この感じだとたぶん下の作業着も着替えるな、と瞬時に悟って彼には背中を向けて「私は別に見たいわけじゃありませんよ」アピールをした。
「着替え終わったら声かけてください!」
もう返事をするのも面倒なのだろう、彼は無言で着替えているようだ。
衣擦れの音がなりやむまで、そう時間はかからなかった。
「もう出るぞ。鍵閉めるから、荷物まとめろ」
「あ、はーい」
振り返ると、そこにはさっきまでいたような顔が隠れた作業員の姿はもうなかった。
彼はマスクを外していて、こざっぱりした顔立ちの三十歳くらいの男がいる。タオルをしていた時はよく見えた涼しい目元が、今度はあまり見えない。
私の予想は外れて、下の作業着はそのまま着ていたが、上は普通のネイビーのロンTになっていた。
……この人、スーツとか着たらかっこよさそう。
場違いなことを想像しながら、ソファーのそばにある荷物を見てあることに気がついた。
「────あの……」
「なに?早くして」
「コートと靴が……」
明らかにもう着れないし、履けない。
見た目がどうとかの前に、パンプスの中にはアスファルトが入り込んで固まっていて、ウールコートも背中の部分が見事にアスファルトで固められている。寝転がっていたらしいから致し方ないのだが。
「あー、そうだったな」
彼は忘れてたというような顔をして、ソファーの上にあるダウンジャケットを私に投げよこした。
「わわっ!」
キャッチし損ねそうになったものの、なんとか落とさないで掴む。
彼は休憩室の鍵なのか指先でカチャカチャと音を鳴らしながら、そのジャケットを指さした。
「それ着ていいよ、俺の」
「でも、寒くないですか?」
「いーよ別に。車だし」
「あのー、それとこれは……」
「今度は何?」
「靴……」
「あぁ、そうか……」
冬なのに、私は素足。
これでひたひたと外を歩くって拷問というか、普通に恥ずかしい。夏でも恥ずかしい。
彼はこれみよがしに「はあ」とため息をついた。