一途な騎士はウブな王女を愛したくてたまらない
「観念するんだなぁ、嬢ちゃん」
下卑た笑みを浮かべた髭面の男は、自身の腰に巻かれたベルトのホルダーから短剣をスラリと引き抜くと、一歩、メアリへと近寄る。
男が手にした短剣が、闇夜の中で無情に鈍く輝くのが見えた。
メアリはごくりと喉を鳴らし、薬草が詰まった布袋を抱き締めジリ、と後ずさる。
なぜスラム街に足を踏み入れてしまったのか。
しかも、よりによって窃盗の現場を目撃してしまい、追われるハメになるなんて。
ただ、忙しいジョシュア先生の代わりに薬草を買いに出かけただけなのに。
メアリは初めて自分の方向音痴さを呪い、震える唇を噛んだ。
男の手が短剣を掲げ、手のひらで器用に回し刃先をメアリへと向ける。
その途端、メアリの体は凍りついたように動けなくなった。
(逃げ、なくちゃ)
ここで諦めたら殺されてしまう。
そう思った刹那、星々を隠していた雲が風に流れ、切れ間から白銀の満月が姿を現した。
その直後、メアリは自身の双眸がじわりと熱を持つのを感じ取る。
「あん? なんだこいつ、目の色が紅く……」
メアリの瞳の色に気づいた男は思わず手を止め眉をひそめた。