一途な騎士はウブな王女を愛したくてたまらない
メアリはユリウスの横顔に苦悩を見て、歩き出した皇帝の背に声をかける。
「信じれば、信じてもらえます」
もちろん全てがそうではない。
だが、疑っては信は得られにくい。
まして猜疑心を向けられた者は傷つき、それが続けばやがて離れていくものだ。
だが、信じて裏切られた皇帝の心は動かなかった。
「父上。母上の裏切りは仕組まれたものである可能性が高い」
「もう良い。考えるのはやめたのだ。希望は持たぬ」
ユリウスの言葉も切り捨て、去っていく背中がやがて角を曲がり見えなくなる。
「やはり届かないか……」
皇帝の心を僅かでも溶かすことができず、ユリウスは思わず声を零した。
「もしかしたら、悪夢を振り払うことで心が前を向くかもしれないわ」
日々の苦しみが少しでも軽減すれば、余裕も出てくるかもしれないと話すメアリに、ユリウスは小さく頷く。
「そうだな。ポプリ作り、俺も手伝うよ」
「ありがとう。それなら明日、一緒に温室に行ってくれる?」
「もちろん。またモデストと揉められても困るしね」
眉を上げてからかうユリウスは、開けっ放しにしていた扉に手をかけメアリに部屋へと入るよう促した。
反論できずに肩をすぼめるメアリに「明日、朝食後に迎えに行くよ」と約束するユリウス。
首を縦に振ったメアリとおやすみの挨拶を交わし合い、ユリウスは自室へと戻っていく。
静まり返った長い廊下。
その物陰から、影がひとつ揺れて姿を現した。
ラベンダーよりも濃い紫色のコートの裾が重たく揺れる。
「どうやらあまり野放しにしておくのも危険なようだ」
傷つけなければ支障はない。
ならば……と片口を上げて、モデストは不穏な空気を漂わせ兵の元へ足を向けた。