甘く抱いて、そしてキスして…【完】
19時、中3の女の子の英語の授業がスタートした。昨日の生徒とは、ちょっと違ってかなりおとなしい。緊張している。

私は彼女に合わせた授業を必死で心がけた。彼女の笑顔が見れるように。そして、とにかくきちんと理解してるか、顔色をしっかり確認していた。

「過去分詞はね、現在完了形や受動態で必ず必要だからね。スペルミスしないように正確に覚えてね。この一覧表は大切に持っていてね」
私は、自分で用意した、動詞の活用表を彼女に渡した。

「はい」小さな声だったが彼女は応えてくれた。
私は素直に嬉しかった。とてもやりがいのある仕事だ。


プルプルプルプルー


「美園先生、電話出てくれる?」
私より奥の方で別の生徒の授業をしていた塾長が言った。


「は、はい、わかりました」

「ちょっとこの問題やっててね」
私はそう言いながら、入り口近くのカウンターにある電話をとった。



「はい、樋口学院です。」


「あの、すみません、今日20時からの平野練(ひらのれん)ですが、風邪を引いたみたいで、熱があるので、お休みにして下さい」



「平野練くんですね、わかりました。お大事になさって下さい」

私は受話器を静かにおろした。

そして、その場にあった付箋に、
『20時からの平野練くん、風邪で休み』
と書いた。
私は、奥にいる塾長にそのメモを渡しに行った。


「塾長」私は一言だけ発し、その場を去って、生徒の所へ戻った。


あれ、20時からって、私が教えるはずだった生徒かなぁ……


19時からの授業は無事に終えた。
「頑張ったね、気をつけて帰ってね」




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