甘く抱いて、そしてキスして…【完】
私は椅子から立ち上がった。

私は思わず目を疑った。

「えぇー!」

先輩って女性だったの?

男性とすっかり思い込んでいた私は、頭にズキン、胸にズキンと小さな鋭い何かが強く突き刺さった!

翔太郎、なんでそんな嬉しそうなの?

こんな背の高いスラリとした八頭身の美人さん、連れてこないでよ。
私は引き立て役になっちゃう。

色は白く、肌もつやつや艶やか、ふっと僅かながらの香水の匂いが何もかも、人も置き物さえも魅了する。
ピンヒールを履いて、まるでモデルのような立ち振る舞い。
そして、ちょっとブラウンな髪を右手でかきあげている。

「こっちこっち」
翔太郎がこの上なく幸せそうでワクワクしているかのように見えた。

「ごめんなさい、待った?」
なんと、声まで色っぽいではないか?
いくつなんだ?
なんの仕事してるんだ?

私は何となく気分が沈んでいく。
潜水艦に乗りたい
翔太郎のこんな表情見たことないもん……


「美園、紹介するよ、こちら、真田穂乃香さん、俺の2個上の幼馴染であり、大学の先輩」

「初めまして、真田穂乃香です。35になります。」
若く見えるでしょ?
綺麗でしょ?
翔太郎と仲良しよ…って?
主張したいの?

あ、あ、あ、私、嫌な女になってる。
あー潜水艦がダメなら、私をエベレストの頂上に連れて行ってください…誰か…


「は、初めまして、私は田辺美園と言います。25です。よろしくお願いします」

私が勝てるのは若さだけ?
少し対抗してみる。

「座ろうか?」
翔太郎の合図で、私達は皆、席についた。

「田辺さん、あなたのことは、翔ちゃんから、よく聞いてるわよ。有能な秘書だって、いつも褒めてるわよ」

し、し、翔ちゃん?
わぁー私の入れない領域に2人はいるんだ。

「穂乃香、照れるじゃんか」

ほ、ほ、穂乃香?
先輩じゃないの?
呼び捨て?

ガーン、頭に除夜の鐘が鳴り響いた。
今夜は終わった……

「美園、穂乃香はね、いくつもの介護施設を経営してる社長さんなんだ。俺は、子どもの時だけじゃなくて今現在も、とてもお世話になっているんだ」

「し、社長さんですか?素敵ですね」

「あ、これ、名刺ね。全然大したことないのよ」
ものすごく上品に名刺を渡してくれるから、私は手が震えた。

「それより、翔ちゃんは、将来有望だよ。絶対ついていなよ」

はい、あなたに言われなくても分かってます…

「美園、実は穂乃香に3ヶ月だけ、塾経営を手伝って貰おうと思っててな、っていうより、決定事項だけどー」

「え?」
私は、殻にこもっていた貝から脱出した。
ぬきっと。

「田辺さん、私は本校と太田川校(2号校)を兼務するわ。より利益が上がるようにノウハウを教えるね。役に立てたら、良いんだけど…」

け、兼務?
わ、私の会社でのステータスは?
私の仕事は?一からやり直しなの?

「美園、そんな不安がるな、お前は今まで通り、堂々と俺の秘書をしてくれ」

翔太郎は、私の顔色をいつもよく見ている。だから、今もすぐに私の心の叫びを読んだ。


「は、はい、わかりました。」

赤ワインが注がれ、私達は乾杯をした。
そして、料理が運ばれてくる。


「美味しそうー」
ちょっと笑った顔も異様にセクシーな穂乃香さん。
同じ女だとは思えない、まさに才色兼備。


あれ?
お腹すいてたはずなのに。
なんだかイライラ、ムカムカ。
胸が張り裂けそうで。
えーこれ、何?
苦しいよ、いつものとは、全然違う。
こんなの、私初めて!


「美園、食べないのか?」
心配そうに優しく聞いてくる翔太郎。

「嫌いなものあった?」
無造作にドスドスと聞いてくる穂乃香さん。


「いえ、大丈夫、いただきますー」


長い。長いよ。帰りたいよ。
なんで翔太郎そんな楽しそうなの?
なんで私には見せたことない表情を見せるの?


こ、これは、まさか、嫉妬っやつ?

穂乃香さんが、翔太郎になれなれしくボディータッチしている。


やめて、やめてよ!
声に出しそうなのをグッと堪えた。

バシッ、いきなり私は立ち上がった。

「す、すみません、ちょっと急用な電話、失礼致します」

私は勢いよく、獲物を狙う海の中の鮫のように鋭い顔で立ち去った…おそらく……


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