甘く抱いて、そしてキスして…【完】
第2節 夢と現実
「ごめん、美園、俺はやっぱり穂乃香をほっておけない。俺は穂乃香のそばにいる。美園、お前なら、すぐにいい人見つかるさ…」
「え?な、何言ってるの?嘘だよね?翔太郎、ずっと一緒にいようって言ってくれたじゃない?」
「ごめん…美園、すまない。」
「嫌、嫌だよ…嘘だと言って、ね、お願い」
「美園、今までありがとうな」
「翔太郎、いや、そんなこと言わないでー」
「さよなら」
「いやぁー待って」
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「美園先生、美園先生、大丈夫ですか?」
ん?
翔太郎?
戻って来てくれたの?
「美園先生、起きて下さい。すごいうなされてましたよ」
ん?
私は、ゆっくり目を開く。
私は寝ていたの?
今のは夢?
「汗拭きますよ」
ふっと目の前に現れたのは、立石先生。
え?
ここはどこ?
「立石先生……私、なんでここに?ここはどこ?」
優しく必死で汗を拭きながら、私の頭を撫でる立石先生。
「ここは、僕の家です」
「え?」
慌てて起き上がった私を立石先生は、背中に左手を回し、しっかりと支えてくれた。
背中から、全身に熱い熱が伝わっていく。
「涙出てますよ、拭きますね」
なんでそんな優しくしてくれるの?
立石先生は、いつも私を見てくれている。
私を助けてくれる。
どんなに弱ってる私でも。
こんな醜態晒しても。
「穂乃香さんは?翔太郎は?」
私は、怖々と聞いた。
「穂乃香さんは、過労で、検査入院になりました。社長はしばらく付き添うそうです。
美園先生のこと、頼むと言われました。」
そうなんだ…やっぱ、夢とそこは変わらない。
「立石先生、どうやって私はここまで来たの?」
やや不安げに聞いた。
「覚えてないんですか?裁判所から、美園先生、僕に迎えに来て、って電話してきたんです。それで、俺は、塾を伊原先生に任せて、美園先生を迎えに行きました」
「…んー」
覚えてない。
私、どうしちゃった?
「で、美園先生ぐったりしてて、病院行くかと聞いたら、嫌って言ってきて、それで、家に連れてきました」
病院?
あ、嫌って言ったかも……
うっすらと記憶が蘇ってきた。
「そっか、ありがとう。ごめんね。今何時?」
私はキョロキョロと辺りを見渡して、時計を探す。
「20時半ですよ」
立石先生は、腕時計を見ながら答えた。
「あ、大変、し、仕事行かないとー」
「大丈夫です。今日は、ゆっくり休みましょう。僕もいますから」
立石先生は、仕事より私を選んでくれたんだ。
立石先生は、私の苦しくて辛くて悲しい顔をたくさん見てきたんだ。
立石先生は、私の涙も汗も綺麗に拭いてくれたんだ。
わ、私は、立石先生といるべきなのかな?
相手を間違えたのかな?
「今日はここに泊まってよいから」
この上ない優しい爽やかな笑顔。
「お茶持って来ますー」
サッと温かい大きな手が私の体から離れた。
「た、立石先生、離れないで」
あ、私、何言った?
「そばに居てよ」
私、どうしちゃった?
「はい、お茶。そばに居ます、美園先生が嫌って言うまでー」
立石先生は、冷蔵庫から、ペットボトルのお茶をひょいと取り出し、すぐにベッドに居る私のとこに戻って来て、そう言った。
「あ、ごめん、ありがとう」
私は、お茶をグイグイ飲み、ようやく落ち着きを取り戻してきた。
「立石先生、社員になって良かった?塾長業は楽しい?」
私は、話題を変えてみた。
「楽しいです。満足してます」
元気な笑顔で微笑みかける立石先生。
「良かったーあ、そうそう、なんであの時、翔太郎と私が付き合ってるか聞いたの?」
「それは、もし社長になんかあった時、僕が美園先生を守るためです」
「もし、付き合ってなかったら?社員にはならなかったの?」
私は不思議そうに尋ねた。
「なってないです。塾は辞めて、美園先生を、確実に落としてました」
何だか得意気な愛らしい表情の立石先生。
「そうだったんだー」
思わず、私達は、クスクス笑いながら顔を見合わせた。
「でも、僕の気持ちはずっと変わりません。美園先生のこと、今でも、変わらず大好きです」
バキューン
私の胸が打ち砕かれた。
な、なんて?
今、なんかサラリと言いました?