ビーサイド
耳元で聞こえる白石さんの吐息。
私の名前を呼ぶ、熱を帯びた声。
部屋に響く水音と、テレビの中の笑い声。
強く握られた手首。
体に触れる彼の柔らかい髪の毛。
重なる体温。
そのすべてに、もう何も考えられなくなっていた。
「朱音さん」
白石さんにそう呼ばれると、まるで自分ではないような気がしたが、不思議とそれを幸せに思う自分もいた。
慣れないが、彼の声で呼ばれる自分の名前が好きだと思った。
「名前、呼んで」
真っ白な肌をピンク色に染めて、余裕のないその顔で見つめられた私は、もうひれ伏すしかなかった。
「涼くん」
口にした途端、なぜだか愛おしさがこみあげて、ぎゅっと彼を抱き締める。
洋介とするときは、こんなことするタイプじゃなかったはずなのだが。
涼くんの熱に絆されて、リミッターが外れているのかもしれない。
「可愛い」
より強く抱き締め返されると、言い知れぬ快感が押し寄せた。
遠のく意識の中で、ぼんやりと聞こえた、
「誕生日おめでとう」。
やっぱりこれは、神様から哀れな私への一夜限りのプレゼントだったのかもしれない。
12年付き合った彼氏に振られた誕生日だというのに、このうえない幸福感に包まれて、私の誕生日、9月28日が終わった。