ビーサイド
結局私はあの日、“誰とでもするわけじゃない”という曖昧な言葉以上のことは何も言えなかった。
涼くんを目の前にしたとき、あまりに溢れだす自分の好意に、好きだと言えばこの関係すら失ってしまいそうで怖くなったのだ。
…というのは、体のいい言い訳かもしれない。
ただ単に振られるのが怖かった、それだけだと思う。
「朱音さーん、朝だよー」
彼のその声でベッドからむくりと起き上がると、すでにテーブルにはトーストと目玉焼きに、コーヒーが並んでいた。
「おいしそ…」
ほどよく半熟に仕上げられた目玉焼きは、たぶんきっと私より上手い。
「ね、今日も仕事早く終わる?」
「うん。残業ないから、うちの会社」
「そうなんだ。じゃー、夜ご飯なに食べたい?」
今晩も当然のようにここにいる様子の彼に、朝からひどい動悸を起こした。
こんな彼氏がいたら、私の寿命は半分ほどに縮まってしまうかもしれない。
「カ…あ、ハヤシライス食べたい」
無意識にカレーと言いそうになって慌てて口をつぐんだが、察しのいい彼にはお見通しだったようだ。
「はいはい、カレーね。了解」
一体その余裕はどこから出てくるんだ。
惚れた弱みを握られた私には、到底真似できない。
彼の笑顔にひれ伏すことしかできない私は、よろしくお願いしますと恐縮して言うのが精いっぱいであった。
恐ろしいほどに、この想いは溢れだして留まることを知らない。