ビーサイド
「おはようございます」
12月25日、クリスマス当日。
私は少しだけデコルテの綺麗に見える黒いニットに白いスカートという、いかにもな恰好で出勤した。もちろん、髪の毛だってばっちりアイロンで伸ばして、いつもよりさらさらに仕上げて。
すると案の定、倉田が茶々を入れる。
「えーなに今日デートなの?」
「デートじゃない!友達と会うの~」
「へえ。よかったな~頑張れな~」
赤子をあやすようなふざけた声に、私は軽く倉田の椅子を蹴った。
私はあの日から、実家から会社に通っている。
やはりまだあの家に帰る勇気はなく、引越し屋に相見積もりを取りながら、着々と準備を進めているところであった。
しかし、真由子に誘われた今日の予定があったからこそ、それからの私は少しだけ前向きになれていた気がする。
今日だって、あんなに憂鬱に思っていたクリスマスだというのに、街の雰囲気にのまれてウキウキしてしまっているのだから。
いつもより少し遅くなってしまったが、無事に定時少しあとにタイムカードを押した私は、駅へと向かって歩いていた。
道沿いのコンビニでは、サンタの格好をした店員さんが外でチキンやケーキを売りさばき、立ち並ぶ家のイルミネーションとマッチして、クリスマスをより盛り上げている。
そして今夜は遅くから雪の予報が発表されていたが、すでにチラチラと白いものが舞い始めていた。東京では珍しいホワイトクリスマスだ。
どうせなら特別な誰かと見たかったが、もしかしたら何年後かには今日が特別だったと思える日がくるかもしれない、そんな淡い期待を胸に、足早に駅へ急ぐと、真由子から電話が入った。
『はいはい』
『朱音ー?もう仕事終わった?』
『ん、終わって向かってるよ~』
『よかったよかった。悪いんだけどさー卵買ってきてくれない?むーちゃんちの賞味期限切れてて~』
後ろから、ごめんって~というむーちゃんの笑い声が聞こえた。
『おっけー買ってくね~』
そう言って電話を切り、コンビニの自動ドアを通ったそのとき。
一瞬聞こえたクリスマスソングの次には、大きな衝撃音と悲鳴がした。