あなたの愛になりたい

果たしてどうしたものか。
じっと見つめた先、その人は未だ起きる気配がない。
酔っぱらいかな?と思ったけれど、お酒臭いわけでもない。
ただ眠ってる。
眠ったその人の口許を見ればちらりと覗くのは妙に尖っている歯。

あれって、やっぱり牙だよね?

誰に聞くでもなく自問する。
そしてうっすらと赤黒くなっている口。
……リアルだ。
服装こそごくシンプルなジーンズにTシャツではあるけれど、その口を見るにおそらくヴァンパイアの仮装なのだろう。
この季節にTシャツとはいかがなものか。

「風邪、ひきますよ」

呟いても返答はない。

まっすぐな黒い髪と、同じ色の長いまつげ。
白く透明な、見るからにつるつるな肌。
バランスがよく、綺麗な顔。

半袖のこの人を、ここに置きっぱなしにしていいものなのかな?
こんなところでのたれられたらそれは嫌だ。
だいたいここに置きっぱなしにしたら店長にバレるよね。
そしたら有無を言わさず警察行きでしょう。

どことなく気になるその人をじっと見つめる。
なんだろう?
頭の中に靄ががかかるように、ひっかかる。

「っ、くしゅッ」

吹く風が冷たいのは、私も同じだった。
ずずっと鼻をすすり、冷えはじめた体を擦る。

ここで悩んだところで解決策はない。
しかたない。
着替えて降りてきて、5回起こして起きなかったら連れて行くことにしよう。
そうしよう。


< 6 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop