【短編】井上さんの毛先が今日も
「はい、今から配るプリント20分で解け〜」
数学の先生が黒板の前でそう言ってから、廊下側の席からプリントを配って行く。
授業中、この時間が一番楽しみ、なんて。
他の奴らに絶対言えない。
僕の列に先生がプリントを配り終えて、次の列に向かった。
プリントが回ってくるだけのこと、なのに。
僕の心臓は、明らかにさっきよりも速く音をたてている。
「ありがとう」
前の席に座る彼女がプリントを受け取って、小さな声でお礼をいうのが聞こえる。
彼女の身体が軽く横に振り向いた瞬間、慌てて目をそらす。
「川澄くん、はい」
3秒もない、ほんの一瞬のなのに。
彼女の肩より少し長いふわっとした栗色の毛先が踊りだすと、ふわっとあんずの香りが僕の鼻をかすめる。
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