癒しの魔法使い~策士なインテリ眼鏡とツンデレ娘の攻防戦~
「あの時のこと、話すのはまだ怖いか?」

向き合って抱き合う光琉が、真剣な眼差しで遙季を見つめている。

月明かりが照らす美しい顔に、いつもの眼鏡はない。

綺麗な星空と月が、なんだか、遙季を素直にさせる魔法をかけているみたいだ。

「あの日、中村さんから、光琉が先に帰るように伝言したって聞いて、私も本当は半信半疑だったの。メッセージもないし」

遙季は苦笑して言った。

「うん」

人の話を聞きたいなら遮らずに待つのが鉄則だ。

「外は暗いし、人はいないし、光琉が一人で帰るな、って言った理由がわかった気がした。だから慌てて走り抜けようとしたら,,,あの人がビルの間に引きずり込んで」

光琉は遙季の体が震えているのに気がついた。

「ゆっくりでいいから」

こくん、と遙季は頷いてため息をついた。

「はじめは、自分のテリトリーで私と光琉がイチャイチャするのが目障りだから、別れろ、って言われた。幼なじみだって言っても信じてもらえなくて、別れて俺と付き合えって訳のわからないことも言われて,,,」

遙季は光琉の顔を見上げた。

「ナイフを突きつけられて、ものは悪くないって、制服を,,,。ボタンが飛んで、襲われるって怖くなって」

涙を浮かべる遙季の言葉を遮って"もういい"と言いたくなるのを、光琉は必死で我慢した。

「その時、悠生が来たの。たまたま近くの本屋に寄ってて、私を見かけたから追いかけて来てくれたらしいの」

遙季は再びため息をついて深呼吸をした。

「悠生を巻き込まないで、って言ったらあの人、ポケットからビニールを出して、中のシンナーを吸い始めた。そして、私の腕を切りつけて、悠生の肩も切りつけて,,,」

遙季は光琉にギュッと抱きついたが、もう震えてはいなかった。

「後は、光琉も知ってる通りよ」

と、言って遙季は悲しげに微笑んだ。

< 60 / 86 >

この作品をシェア

pagetop