エリート社員の一途な幼なじみに告白されました
「今日はお腹空いてたみたいだね、もう食べ終わっちゃった」
 
 梓が空になった缶を僕に見せた。コムギは口周りを肉球でさわり、食後の毛繕いを始める。最近は梅雨に入っていたこともあり、触れ合わずに餌だけあげて帰る日が続いていた。久しぶりにコムギに触れると、にゃあ、と嬉しそうに鳴いて僕を見上げた。

「どうする? せっかくだからもう少し触れ合ってく?」
 僕が尋ねると、梓は空を見上げて迷ったような表情を浮かべた。

「今日の天気、夕方からまた雨だって朝テレビでやってたんだよね」
 確かに空はどんよりと曇っていて、雨が降ってもおかしくない。雨のせいで梓と話す時間も減っていて、正直、寂しかったけれど、今日も帰った方が良いかもしれない。

「それじゃあ、帰るか」
 小さくため息を吐くと、梓は何かを思案するような仕草を見せた後、パッと顔を上げた。
「……そうだ、うちに来ない?」
「えっ?」
 思いがけない提案に胸がどきりとした。人の家になんて、上がったことがないからだ。

「友だちだし、別に変じゃないよ。お母さんも環に会いたがってたし」
 梓の母親が僕のことを知っているのも驚きだった。戸惑いを隠せずに、自分でもうろたえているのが分かる。

「いきなり梓の家に行くのは、ちょっと」
 そう言うと、梓は、
「それなら、環の家は?」
 と言った。

 ……僕の家。何も無い家。何の温かみもない家。梓の家とはきっと正反対の家。

 僕が黙って俯いていると、梓は慌てて、
「雨が降ると帰るの大変だし、また今度にしよっか」
 とそそくさと缶をゴミ袋に入れて片付けを始めた。

 少し前の僕なら、絶対に誰も自分の家に上げたくなかった。
 でも――。

「……良いよ。僕の家、来ても。何も無いけど」
 ぽつりとそう呟くと、梓は片付ける手を止め、途端に目を輝かせて嬉しそうにはにかんだ。

「本当? 環の家に行っても良いの?」
「うん」
「ありがとう! 本当はずっと行ってみたかったんだ。コンピューターも見てみたかったし」
「誰も居ないけど、それでも良ければ」
「そんなの全然気にしないよ」
 梓の笑顔を見ると、自然と心の緊張が解けていく。
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