エリート社員の一途な幼なじみに告白されました
とぼとぼと十数メートル先の廊下まで歩いて行くと、突然、後ろから、
「……梓」
と下の名前で呼ばれた。
驚いて後ろを振り向くと、オフィスから私を追いかけてきたのか、すぐ近くに環が立っていた。さっきまでクールな表情を崩さなかった環が、今は動揺を隠さずに瞳を揺らして私を見ている。
「引田小の森本梓、だよな」
声色にも戸惑いが滲んでいる。まるでさっきの環とは別人だ。
「そう、だけど」
「やっぱり。まさか、ここでお前に会うなんて思わなかった」
「……私の事覚えてるの?」
「当たり前だろ、忘れるわけない」
環はふいと顔を横に向け、中指で眼鏡のブリッジを押し上げた。そうやって眼鏡をかけ直す仕草は、あの頃と変わらない。
――環が私を覚えて居てくれた。その事実が分かると、急に嬉しさがこみ上げて、鼓動が早くなっていく。
聞きたいことも山ほど溢れてきた。連絡が取れなくなってから十数年、一体どうしていたのか。でも、間が開きすぎて、時間も無くて、何から聞けば良いのか分からない。
「元気だった?」
「ああ、なんとかな」
「雰囲気が変わりすぎて、まだ環だって実感がないんだけど」
そう言うと、環は「茶トラのコムギ」と言った。
「こう言えば俺だって分かるか?」
茶トラのコムギ。私の目の前にいるのはまぐれもなく環で、私は思わず笑みがこぼれた。
「うん、分かる。本当に環なんだね」
私はホッと胸を撫で下ろした。
「私に対する態度があんまりにもつっけんどんだったし、別の人なのかと思ったよ」
「あの場でなれなれしく話しかけたら、怪しまれる。それに連絡が取れなくなって、久しぶり過ぎて……接し方が分からなかったんだ。悪い」