仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
涙袋の目立つ垂れぎみの大きな瞳に、ぽってりとした唇。小柄ながら女性らしい身体つきをした蠱惑的な女性が佇んでいた。

美琴と視線が合うと、少し首を傾げて言う。

「一希は戻っているかしら?」

挨拶もなく、人の夫を遠慮なく呼び捨てる。

苛立ちが込み上げる。
それでも返事をしようとしたが、先に後ろから声がした。

「千夜子、どうしたんだ?」

反射的に振り返ると、一希が驚いたような表情を浮かべていた。

千夜子の訪問は彼にとっても意外なことだったのが見てとれる。

「ごめんなさい、昨夜遅かったから疲れているだろうとは思ったけど、トラブルよ。何度か電話をしたのだけれど、出ないから直接迎えに来たの」

「トラブル?」

一希が眉をひそめる。

「ええ、内容はここでは話せないわ」

千夜子は美琴にちらりと視線を向ける。
部外者の美琴の前で仕事の話はしないと言いたいのだろう。

「……分かった。すぐに行くから車で待っていてくれ」

一希は足早に部屋に戻っていく。美琴はその背中を慌てて追いかけた。

「一希待って!」

書斎に入ろうとしていた一希が足を止めて振り返る。

「なんだ?」

「あの……どうしてあの人がここに来るの?」

「聞いていなかったのか? 仕事で迎えに来たんだ」

「そうじゃなくて、迎えなら運転手さんでもいいでしょう? まさかこれからも彼女が家まで迎えに来るの?」

美琴の訴えに一希は不快そうに顔をしかめた。

「彼女は俺の秘書だ。迎えに来て何が悪いんだ?」

「だ、だって……」

(第二秘書の観原千夜子は、あなたの愛人でしょう? 家にまで連れて来るなんて無神経よ!)

そう叫びたい気持ちを抑えるため、美琴は唇を噛み締めた。
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