仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
『そんなことないよ』と答えるべきなのに、口からは本音がこぼれ落ちた。

「のんびりは無理かな」

今日は楽しく過ごすつもりだったのに、ここ数日の出来事で疲れ切っていた為か、取り繕えなかった。

言った途端、失敗したと後悔して無理矢理笑顔を作った。

「慧も見たでしょう? 一希の不機嫌な顔。暗い人と一緒に住んでると疲れるんだよ」

冗談めかして言ったが、慧はにこりともせずに、悲しそうに眉を下げる。

「俺に気を遣って誤魔化すなよ。一緒に住んでるなんて言えないだろ? 大晦日すら帰って来ないんだから」

慧の口調は、少し責めるようなものだけれど、それは美琴を心配しているからだと感じた。

「……そうだよね、家族なんかじゃないよね」

悲しくなった。

美琴は家族のため、一希と仲の良い夫婦になるためと必死に頑張ったつもりだったけれど、結局独り善がりだったと気付いたから。

クリスマスも大晦日も、美琴が一人で寂しく過ごしているだろうと気にしてくれた家族はいない。常に一方通行の関係だったのだ。

(慧だけが気にして連絡してくれた)

十年ぶりに会った友達なのに、家族よりもよほど思いやりを向けてくれる。

「なあ、なんか有ったのか?」

真摯な眼差しで見つめられると、強がっていた気持ちが緩んでしまう。

「有ったよ。もうどうすればいいか分からない」

そう呟くと、視界がじわりと歪み、涙が溢れそうになる。
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