仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
悲しみばかりが多くて、気付かなかったけれど、心の底にはいつ溢れてもおかしくない怒りが溜まっていたのだ。

昔の優しい想い出すらも消し去る程に。

目を閉じても、一希の笑顔が思い出せない。
代わりに浮かぶのは観原千夜子の蔑んだ笑みと、狂気を感じる笑い声。

(この人たちと関わっていたら、私はおかしくなる)

きっと今以上に攻撃的になり、人を傷付けてしまうだろう。
そして、その後悔で自分自身も耐えられなくなる。

「そこまで言って、ただで済むと思っているのか?」

一希も美琴と同様、激しく怒りを覚えているようだ。

「分からないわ。でもお互い離婚は出来ないでしょう?」

「…………」

「次に観原千夜子が家に近付いたら、久我山の祖父に報告するわ」

一希がビクリと肩を揺らし目を見開く。

(やっぱり……一希はお祖父さんに弱い)

婚約時代から感じていたけれど、一希はなぜか久我山の祖父に逆らわないのだ。

孫娘の婿という立場を鑑みても、彼の態度には違和感を覚えることがあった。

だから、祖父の名前は結婚生活の中で出すのは止めようと決め実行していた。

弱みをついて、自分の思い通りにの結婚生活にしたい訳じゃ無かったからだ。
今となっては、そんな決意は虚しいだけだけれど。

「脅しか?」

一希の顔色が悪い。

「どうしても観原千夜子とは顔を合わせたくないの」

一希は眉間に深いシワを寄せて黙り込む。
彼女を美琴に近づけないことが、そんなに苦悩するほどのことなのだろうかと、怪訝に思いながらも次の要望を口にする。

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