仁くんは自ら外してあった譜面台をピアノにセットする。

山崎さんが持ってきた譜面を置くと、

「譜めくりは任せろ。」

と私をピアノの前に座らせて隣に立った。

周りから興味深々な視線が注がれる。

はぁ…
これ、弾くまで、仁くんは納得しないよね。

私は諦めて、譜面を手に取った。

ざっと全体を眺める。

うんうん、そう、こんな曲だった。

女性への愛を奏でる曲。

私は、譜面を戻すと、目を閉じて深呼吸する。

ショパンの繊細な旋律を奏でる。

仁くん、知ってる?

ショパンは、この曲の女性とは結ばれなかったんだよ。

ああ…
それでも、やっぱりコンサートホールのコンサートピアノはいい音がする。

音に酔いしれて、あっという間に演奏を終える。

スタッフの皆さんから拍手が湧き起こる。

私は、恐縮して、方々に頭を下げる。

仁くんの後でピアノを弾くなんて、ある意味、拷問だよ。

仁くんは、頭を下げ続ける私の腕を引くと、そのままその腕に閉じ込めた。

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