「演奏、素晴らしかったです。
握手してください。」

彼女をきっかけに、あっという間に人が集まってきて仁くんは囲まれてしまった。

私は、邪魔にならないように少し距離をとり、その様子を眺める。

すると、

「あの…」

と声を掛けられた。

「先程、ピアノを演奏されてた方ですよね?」

そこには、多分、面識がないと思われる男性。

私より少し背が高く、目尻がやや下がり気味の温厚でおとなしそうな雰囲気のイケメン。

「はい。」

私が返事をすると、

「演奏、素敵でした。
特に、幻想即興曲、感動しました。」

と私をまっすぐに見つめるので、なんだか気恥ずかしくなってしまう。

「あ、ありがとうございます。」

私が戸惑いながらお礼を述べると、

「あの、これ。」

と名刺を差し出された。

『経理部 主任 桐生章吾』

思わず、条件反射で名刺を受け取り、自分の名刺がない事に気付く。
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