君が涙を流す前に、君に大好きと言えばよかった
憶えているのは、シャンプーと汗が混ざった男の人の匂い。
扇風機が運んでくるそれを、私は嫌悪してやまなかった。

間の抜けた扇風機の音が、夏の記憶を掻き乱す。
幸せで包まれた笑い声は、もう私には届かない。
押しつけられた夏の匂いと夏の記憶は、私には重すぎて、
息が苦しくて、辛くて、悲しくて。

「大丈夫、湊。」
目を逸らしたい夏の記憶を覆い隠すように、君は優しく笑ってくれた。
優しくしたことなんてないはずなのに、君はいつも、私を助けてくれた。

好きだった。君がいれば、辛いことも乗り越えられた。
君にとって私も、そんな存在になりたかった。
でも君が、私の知らない重すぎる記憶を、
独りで引きずっていたことに、気付けなかったんだ。
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