愛のない部屋
パソコンの電源を落とし、上司に声を掛けてオフィスを出る。
エスカレーターを降りながら外を見れば、あいにくの天気。
傘を持っていないことに舌打ちをしたくなるくらいの土砂降りだ。
駅近くのコンビニで傘を買うか……。
少しの辛抱だと覚悟して正面玄関をくぐり、
見慣れた後姿を発見してしまった。
挨拶もなく追い越すことは気まずいし、
声を掛けることも面倒。
雨を凌ぐ術もなく、仕方なくゆっくりと進む。
少し前を傘をさしながら歩く、峰岸と距離が開くように。
髪が雨で重くなる。
「きゃっ、」
峰岸に気をとられていたせいで、足元に広がる水溜まりに気付かずに足を滑らす。
必死に体勢を戻そうとすれば、峰岸と目が合った。
「…なにしてんだ」
恥ずかしいところを見られてしまった。
「滑ったの」
「平気か?」
「平気」
「傘は?」
「ない」
短い言葉のやり取りが続いた後、峰岸は溜め息をついた。
暗雲が広がる空の下で、
不機嫌そうな峰岸を目の前にして、
気持ちが落ち込んだことはいうまでもない。