愛のない部屋
タキからの着信が入った。
あのキス事件から1ヶ月経った頃だ。
『来週の金曜にしたよ』
電話越しに主語のない言葉を投げ掛けられて、首を傾げる。
「なにが?」
『旅行の話。朝の7時集合で。場所はうちの奥さん希望の箱根な』
旅行?
いったい何の話だったけ?
なんて一瞬、考えてしまった。
前に聞いた4人で旅行に行こうというやつだ。
承諾した覚えもある。
ただそれ以来、旅行の話なんて一切なかったのに。
どうして1週間前に報告するのかな。
「急すぎ」
『あれ?なんか予定あった?』
わざとらしく尋ねられる。
私に友達と呼べる存在がいないことを知っていて、敢えて用事があるか聞いている。
そしてタキとの約束より優先すべき予定などないことも事実。
「……行くよ」
『良かった。寝坊するなよ』
「うん。お金は当日でいい?」
『おまえの分は、峰岸に払わせた』
「聞いてない」
『じゃぁ払わなくて良いんじゃないか』
そんな訳にはいかない。
借りは作れないよ。