愛のない部屋
磨かれた革靴の峰岸は私の隣りに立つ。
彼の行動の意図が容易に読めたので、自ら距離をあけた。
「大丈夫だから」
小さな親切、大きな迷惑というやつだ。
「仕方ないだろう」
強引に腕を捕まれ、傘に誘導された。
1つの傘に2人で入るなんて、絶対にオカシイ。
「帰る場所は一緒なんだ、行くぞ」
他人が聞いたら甘い言葉と取れるかもしれない。
帰る場所は一緒。
ひとつ屋根の下で暮らしているのは事実だけれど、会社の目の前でそんな台詞を吐かないで欲しい。
「行くぞ」
「……」
「言っとくけど、俺も嫌なんだからな」
よりによって同じ会社で働く峰岸と、なぜ一緒に住むことになってしまったのだろう。
それまで社内で擦れ違うことくらいはあったかもしれない峰岸と、
タキが知り合いだったことも、
私がタキと親しいことも、
――全て、偶然。
ただの偶然を、これほど憎いと思ったことはないよ。
「急に黙るなよ」
「アンタと喋ることなんて無いし」
傘に入れてもらい、峰岸に迷惑を掛けているのは私の方なのに。
偉そうな態度しかとれないなんて、ただのガキ。
どうして私は素直にありがとうと言えないのだろうね。