愛のない部屋
重ねられた嘘
「ごちそうさま」
私の作った朝食をペロリとたいらげた峰岸に食後の珈琲の用意をする。
「今日、会社帰りにマリコに会ってくる」
「そう」
煎れたての珈琲を平然として差し出す。
すぐに震える指をそっと隠した。
「ありがとう」
行かないで、
そう勇気を出して止めることができれば、それで私の気は済むけれど。
それじゃぁ何も変わらない。
少なくとも峰岸はマリコさんとの決着をつけなければいけないのだろう。
だから私は平気な顔をして送り出すことにした。
「なるべく早く帰って来るからな」
「ゆっくりして来て良いよ」
「こういう時は心配そうな顔して、"早く帰って来て"って言うのが可愛いのに」
優雅にマグカップを口にする男を睨む。
「その顔はブサイク」
私を指さして笑うなんて、最低だ。
相手にせず、洗面所に向かう。
「なぁ」
「なによ?」
洗面所の鏡越しに見える峰岸。
歯を磨く手を止めることなく、鏡を通して視線を合わせる。
「デートしない?」
この忙しい朝にデートのお誘い?
マリコさんと会いに行くことに対して、私を不安にさせないために投げ掛けられた言葉だと予想がついた。