愛のない部屋
ボストンバッグを引っ掴み、勢いよく玄関の扉を開ければ峰岸の言う通り、篠崎が立っていた。
「荷物、それだけかな?」
篠崎の穏やかな口調に、なんとか落ち着きを取り戻した。
「なんかあった?」
「いいえ、なにも」
「そっか」
明らかに顔が強張っているだろうけれど深入りをせず、篠崎は私の手から鞄をとった。
――篠崎の女に興味はない。
そう、
峰岸の前で私は完璧な篠崎の彼女を演じなければいけない。
少しの間、芝居をしなくてはならないのに。いちいち峰岸の言葉を胸につっかえさせていたら、身がもたない。
「車で来たんだよ。せっかくだから、どこか寄って行く?」
せっかくのお誘いだけれど、そんな気分にはなれなかった。
「部屋探しもしなくちゃいけないしね。ホテル戻ったらネットで物件、見てみようか」
こちらの胸中を察してくれたのか、ホテルに直行した。
扉が閉まる寸前、廊下を見たけれどもう峰岸の姿はなかった。
「峰岸に伝えていただき、ありがとうございました」
「うん?あ、俺たちが付き合ってることか」
「はい」
「俺は役者になりきって、さらりと言ったよ。"沙奈ちゃんと付き合うから"、そう宣言した」