愛のない部屋
家事全般をこなして気付いた時にはお昼を過ぎていた。ご飯は簡単なもので済まそうかと考えていると、電話が鳴る。
私に電話を掛けてくる人物はひとりしかいないので、ディスプレイを見ずに通話ボタンを押した。
「タキ?」
『よっ』
明るい声が電話越しに響いた。
『今、なにやってんの?外?』
「家にいるよ。昼食にしようかと思っていたところ」
『お、ちょうど良かった。外で一緒に飯でも食おうぜ』
「行く行く」
久しぶりのタキからのお誘いに即答する。
『それじゃぁ、いつものとこで』
「はぁい」
"いつもの所"
抽象的な表現でも、ちゃんと伝わる。
『また後で』
すぐに切られてしまった電話だったが、胸は弾む。
タキと話すことは私のリラックスのひとつで、
優しい声で"沙奈"、
そう呼ばれることが好きだ。
もしかしたらこういう心情を、
峰岸いわく"恋"と呼ぶのかもしれない。
でもやっぱり恋じゃない。
だってタキが近々結婚すると聞いて、誰よりも喜んだのは私であろうから。