愛のない部屋

定時ちょうどに上がり、土砂降りの外へ出る。

峰岸はまだ社内に残っているだろうか。



止みそうもない雨の中を傘をさして歩いていると、



「すみません」



下を向いて歩いていた私は驚いて顔を上げる。



「マリコさん……」


雨のせいで少し憂鬱だった心が、更に沈む。


「良かったですわ。宮瀬さんに会えて」


「……」


「慶吾はもう帰りましたか?」


ケイゴ、聞き慣れない。
私には峰岸の方がしっくりくる。


「さぁ……分かりません。待ち合わせですか?」



マリコさんに平然として探りを入れる。もしかしたら今日はスーパーに寄る必要はないのかもしれない。

マリコさんと素敵なレストランで食事をするだろうから。


私だって雨だから真っ直ぐに帰りたいし……それにひとりならカップラーメンで済ませられるし。


「いえ突然、押し掛けて来ました」


「そうですか」


魅力的な笑顔で笑う。

鏡の前で何度も練習をして最高の笑顔を完成させたかのよう。
どう笑えば周りをトリコに出来るのか、きっと彼女は知っている。

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