愛のない部屋


車の中で、


助手席から身を乗り出した女性が


運転席の男性に、抱きついていた。






此処からではよく見えないが、口付けをしているようにも見えた。






恋人同士が車内で、甘いひとときを送っている。



ただ、それだけ。







「峰岸――?」



ただそれだけのはずなのに





その車に乗る2人が、



峰岸とマリコさんだと



認識すれば、




泣きたくなった。






「……ちっ」



舌打ちをした篠崎は、私を押し退けるように車に近付き



乱暴に車体を、蹴った。




長い足で蹴り続けた。






篠崎を視界に捕らえたマリコさんの綺麗な顔、



そして数秒遅れて、私の存在に気付いた峰岸の驚きの表情、





その全てが夢であれば良いと思った。





「なにしてるんだ!」



助手席のマリコさんを引きずり出し、その頬を叩いた篠崎の表情は真っ青で。



マリコさんを庇うように立ちはだかった峰岸の胸ぐらを掴み、拳を掲げた彼は、ひどく悲しそうだった。




そう、今、この場所で、




私の味方をしてくれて



私のために2人を傷付けているのは、




――他でもない、



篠崎だった。



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