愛のない部屋
「でもそれは人間として好きということで、上司として尊敬しているという意味です」
「はぁ?」
途端に呆れた顔をするマリコさんに、頭を下げる。
「私が好きなのは篠崎さんじゃなくて――」
先を紡ぐ言葉が出なかった。
峰岸の気持ちがどこにあるか分からない以上、余計なことを言わない方が良いのかもしれない。
マリコさんと峰岸の今後のためにも。
「マリコ、賭けは俺の勝ちだな」
頭上から峰岸の声が響く。
賭け――?
なんのことかと顔を上げれば、峰岸が笑っていた。
「まさかおまえら……!?」
篠崎は瞬きを繰り返し、信じられないという顔で天を仰いだ。
「沙奈、俺たちはおまえと篠崎に内緒である賭けをしたんだ」
「……どんな賭けを?」
「不利な立場にあっても俺が好きだという、その気持ちが揺るがないかどうか……沙奈が篠崎のことを好きだと言わないか、そんな賭けだ」
「……」
はぁ?
それじゃぁ車内でのことは――。
「俺たちを騙すなんて、気分が悪い……」
篠崎は気力のない声で呟いた。