愛のない部屋
「いつもより不機嫌そうなおまえのために、朝の貴重な時間を作ってやったの」
「…元からこういう顔なの」
女の子と話してる峰岸を見ることが嫌なの、目を逸らしたくなるの。そう子供みたいなワガママは言えないし、言わない。
「素直になれよ」
「ほっといて」
私たちのペースは変わらない。
減らず口を叩いても喧嘩になんてならないと分かっているし、なにより言葉の裏に隠されている"愛情"に、気付けるようになったことが大きい。
「今日、残業なんだわ」
「そう」
「手伝って?」
「え?」
家でもパソコンや書類とにらめっこしている峰岸だが、一度も手伝ったことはない。その真剣な横顔を見守ることだけが、私にできる唯一のことかと思い込んでいた。
「定時になったら、第一会議室に来て。篠崎には話を通しておくから」
「……」
「上司命令な」
「はい」
上司命令なら仕方ないのかな。
「それと、これは彼氏命令なんだけど」
くすぐったい響きを平然と付け足される。
「キスして?」
「はっ?馬鹿じゃない?」
「本気で言ってるんだけど」
少し拗ねたような言い方だけど、許すはずがない。社内で朝からキスをして浮かれられるほどに常識外れではないからだ。