愛のない部屋

……はぁ。

なにも言わずに去っていく峰岸の後ろ姿を見送る余裕もなく、トイレに駆け込んだ。


恥ずかしい、恥ずかしい……


以前の私が今の私自身を見たら、どんな風に思うのだろう。


会社でキスーー想像すらしたことがなかった。

それどころか社内で女性といちゃつく篠崎に、嫌悪感すら抱いていたはずなのに。


――嫌じゃなかった。



峰岸のキスを全力で拒めないほど、私がそれを望んでた。



「人間、変われば変わるものだ」



鏡に写る私の頬は少し紅潮していて、唇にはまだ温かい感触が残っている。


私はもう二度と、"恋をしない"なんて言わないだろう。






そして15分後、


「はぁ?」



いけない、いけない。



篠崎は上司なんだから、言葉遣いには――



「はぁ?じゃなくて。お願いね」



始業チャイムより少し早く来た篠崎を珍しいと思いながらも挨拶をしたら



『沙奈ちゃん。今日、得意先の接待に同行してくれる?』



なんて笑顔で言われた。

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