愛のない部屋
「でも接待は……」
「いや、冗談だよ。君には最初から峰岸と残業してもらうつもりだったからさ」
――俺と接待するより、峰岸と残業したいなんて妬けるね。
そんな嫌味を付け加えて、篠崎はデスクに戻っていった。どうやら私は篠崎の代わりとして、残業をすることになったらしい。
優秀な上司と同じだけの仕事はできないだろうが、せめて足を引っ張らないように頑張ろう。
とりあえず今朝の……キスのことは忘れて。
「あ、」
2人きりのオフィスでは篠崎の小さな声も聞き取れる。
「沙奈ちゃん、樫井(かしい)には気をつけろ」
「樫井さんですか?」
その名前は、私でもよく知っている。
知的な女性で出世街道を突き進む、まさにOLの憧れな存在。
「キャリアウーマンの樫井は、峰岸を狙ってるらしいからな」
「……」
ああ、聞かなければ良かった。
「樫井さん、ですか」
一度だけ仕事の打ち合わせをしたことがあるけれど、好印象だった。はず、だけれど。一瞬にして彼女を嫌いになった気がする…。