愛のない部屋
それでも峰岸は気にした様子もなく、また樫井さんの書類を覗き込んでいた。
平常心。
それが今の私に足りないものだとしたら、仕事のミスへと繋がる可能性がある。
「すみません、少し失礼します」
それなら頭を冷やそうと、2人に会釈して会議室を出た。
もやもやした気持ちを引きずりながら自動販売機の前に行き、お財布を持っていないことに気付いた。
財布の代わりにポケットに入れておいたものを取り出し、少し迷ってから篠崎の電話番号を呼び出した。
彼なら、彼の言葉なら、
私の心を平常心に戻してくれるかもしれない。
こんなことで篠崎に頼るなんておかしい発想だけれど、連絡してもいいと、言ってくれたのは篠崎の方だから。今はその好意に甘えてみようと思う。
『大丈夫?』
何コール目かで電話に出てくれた篠崎の第一声。
私のことを心配してくれていたのだと、分かるその一言に「大丈夫です」なんて強がりは返せなかった。
「ちょっと堪えました」
『沙奈ちゃん、無理してるならさ。帰っても良いよ』
「え…」
予想外の上司の言葉に、首を傾げる。
『俺自身もプライベートと仕事を切り離すことができないしさ、ここは逃げても良いと思うんだよね』