愛のない部屋
「峰岸……」
無償に峰岸の声が聞きたくなった。
近くの公園に滑り込み、息を整える暇もなく急いで通話ボタンを押した。
お願い、出て――!
『よう』
何コールかして聞こえた声に、ただ安堵した。
「タ、キ……」
今、タキを頼ることはおかしいかもしれない。
一時的に日本に帰ってきているタキを頼るなんてーー
でもこんな話をしたら峰岸はきっと心配してしまうから。
「タキ、彼に逢ったの」
『……日本でか?』
誰と、その部分を省いてもちゃんと伝わった。
「うん。しかも峰岸の家の近くで」
『詳しく聞かせて』
「ただ踏切の向こう側に彼がいて、全力で逃げて来た」
やましいことはひとつもないのだから、逃げる必要はなかっただろうけど。
平然と彼の横を通れるほどに私は、強くない。
初恋という特別な思い出を捨て去ること、過去のこととして処理できないことが腹ただしい。
結局、私はあの頃からなにも、変わっていないのかもしれない。