愛のない部屋
手を繋いで峰岸に引かれるようにして、リビングへと戻る。
まだスーツ姿の峰岸の後姿に、どうしようもない疑問が浮かぶ。
峰岸はマリコさんとの過去を思い出したりしないのだろうか。そんな愚かなことを質問するわけにもいかず、口を結ぶ。
「俺が遅い時は、ちゃんとベッドで寝てて」
ネクタイをほどきながら言う。
「最近寒くなってきたし、風邪でも引いたら大変だよ」
「うん……」
私をいたわる言葉は素直に嬉しいし、愛を感じるのに。
頭の片隅では違う人、の顔が浮かぶ。
忘れたい人、心のどこかで憎んでいる人の顔が。
いずれ脳内を支配してしまうことは目に見えている。
「どうした?風邪気味か?」
「ううん、なんでもない」
過去を断ち切るために先生に会いに行く、そんな選択肢はできそうにない。
私はあの踏切から逃げ出した。
過去と向き合いたくないという想いを素直に行動に移しただけのこと。
もう二度と会わなければ、なんの問題もない。
自然に忘れられるよね。
それが甘い考えだと分かっているのに、肯定することしかできなかった。