愛のない部屋
タキに会えた。
それだけでこんなにも心が躍る。
「それより偶然だね」
話題を変える。タキと話せる残り少ない時間を大切にしたい。
「取引先に行ってて、これから会社戻るんだ」
「まだ仕事なんだ」
「うん」
もう10時を回っているのに、忙しい人。
いつも帰り遅いの?
残業はどれくらい?
そんな質問はできない。
仕事のことはタキから話してくれない限り、なにも触れないと決めた。
自分で境界線を引いたのだから、それを越えてはいけない。
あれこれ詮索してタキの困った顔を見るくらいなら、最初から聞かない。
「ていうか沙奈、方向逆じゃない?」
自宅、つまり峰岸の家とは反対のホームに立った理由をタキに言うべきか迷ったが、どうせ見破られてしまうだろうから正直に言うしかない。
「峰岸さんの家に、いつまでも居れないから。今から不動産に行くつもり」
「峰岸はそのこと知ってるの?」
「うん」
峰岸と私を繋ぐタキが、遠くに行ってしまう。
繋ぎ目が無くなった私たちは一緒にいる必要なんてないのだから。