愛のない部屋
何処かの駅で車両点検をしているというアナウンスが流れた。
最近、遅延が多くて困る。
「沙奈、」
「……」
名前を呼ばれてもいつもの甘い響きはなかった。
「峰岸は優しい奴だ」
「知ってるよ」
短い間でもそれくらいのことは、分かった。
「俺はその優しさに甘えた」
「タキが?」
「俺は日本を離れる。そうすることによって沙奈をひとりにしてしまう…だから、峰岸に沙奈を託した」
「……」
誰かに託さないと側を離れられないくらい、タキの目に私は弱者と映っているのだろうか。
「時間あるか?」
珍しくとても低い声を出して、タキは言った。
甘くない響き、低い声。
本日二度目の嫌な予感がした。
これからタキが言おうとしている言葉を聞いてはいけない気がしたんだ。
「聞かなきゃ駄目?」
「そんな構えるような話じゃないぞ?ただおまえに伝えておいた方が良いと思う」
「分かった」
「一旦、会社に戻って。それからでも平気か?」
「大丈夫」
「それじゃぁ、いつものとこで」
「うん」
浮かない気分のまま頷いた。