俺を護るとは上出来だ~新米女性刑事×ベテラン部下~
デスク、食堂、会議室、仮眠室。その生活が3週間になる。

「はあああああああああああ…………」

 誰もいないと思って、昼間のデスクで大きく溜息をついたのに、

「大きな溜息だな」

と鏡の声が聞えて飛び上がった。

「い、いたんですか!?」

 よく見えてなかっただけで、最初からデスクに座っていたらしい。

「あれから外には出てないのか?」

「……そろそろ出ようかなと思っていたところです」

「あまり警戒しすぎるとしんどいが、出来れば誰か、連れて歩いた方がいい」

「……そうですよね…相原さんと一緒に買い物行こうかなあ……」

 相原のシフトを確認する。が、同じ休みの日は1度もない。が、山本と同じ休みの日は1日だけあった。

「誰かと一緒に買い物でも行きます」

「署内だけだとストレスが溜まってくるだろう。警戒が監禁になってしまう。出られる時は、出た方がいい」

 気を遣ってくれている鏡に感謝しながらも、三咲はさっそくその夕方、帰る間際の山本を廊下でつかまえた。

「お疲れ様です!!」

「おう、お疲れ。買い物かい?」

 山本は立ち止まって聞いてくれる。

「あ、はい! なんでわかったんですかー!?」

「いや、このタイミングで走ってきたから」

 あ、今買い物だと思われた。ま、いいかコンビニだけ行こう。

「コンビニだけ、一緒に行きません?」

「俺もビール買うついでだからな。近い方でいいかな」

 近い方がマンションに入ったコンビニで先日空き巣に入られたマンションのコンビニだが、コンビニは特に関係ない。

「はい。近い方がいいです」

 山本は帰る方向とは反対側だが、一緒に来てくれる。

 彼は、半歩後ろを歩き、側を離れないでいてくれる。非常に頼もしい。

 そのまま何事もなくコンビニで買い物を済ませると、わざわざロビーに入って来てくれる。

「じゃあな、また明日」

 そのまま帰ろうとするので、

「あ、あの、明後日のお休みって何か用事あります?」

「あぁ、明後日休みだったかな…」

 という程度なようだ。

「あ、じゃあ、一緒に買い物着いて来てくれたら助かりますう!!」

 精一杯可愛く言ってみる。絶対嫌とは言わせない!

「あ、ああ……まあ別に……。コンビニ?」

「違います! 他に買い物したい物があるし……ちょっと時間かかりますけど、山本さんさえよければ……」

 さえ!と念を押す。

「あぁ、別にかまわんよ」

照れ笑いしているのが分かる。そんな照れることじゃないのに。と思いながら、三咲も笑ってしまう。
 



「………」

 タンスの中を一通りかき回してみたが、碌な服がない。

 山本はふうと天井を仰ぎ、無駄な努力をしていることを再確認してからもう一度タンスを見直した。

 朝10時に待ち合わせ、昼飯を挟んでの買い物、ドライブ。

 車は昨日の夜、車検以来の洗車と掃除を済ませた。今日も朝6時には目が覚めたし、髭も深剃りした。

 のに、着て行く服がない…。

「ただの買い物だ」

 自分に言い聞かせ、いつもと同じ署から支給されたスーツで行くことにする。それが一番無難だ。

 いつも通りパンをかじってから、署の近くのコンビニにセダンを停め、ロビーに迎えに行く。

「おはようございます」

 驚いて一旦足が止まった。

 いつもと違う膝丈のカラシ色のスカートがひらりと揺れ、手元のブラウスのフリル、そして長い髪の毛が胸でカールされている。
 
 いつも髪の毛はどうしていたのか、パッとは思い出せない。

 化粧も綺麗にして、まるで別人に見えてしまい、時が止まってしまった。

「あぁ……あぁ。えっと…」

 慌てて視線をコンビニの方へ逸らした。

「ありがとうございます! 車出してもらって助かります!」

 三咲は小走りで着いてくる。

 今日はただの買い物だ。

 自らに言い聞かせ、運転席に乗り込む。

「あ、助手席座ってもいいですか?」

 サイドウィンドから問いかけられ、

「あぁ!…どうぞ」

「失礼しまーす」

 シートベルトが閉められる。胸の谷間にベルトが食い込む。狭い車内の密室空間に、良い匂いが立ちこめる。

 スカートからは膝が少し見え、手を伸ばせば届く範囲に女の身体があることをどうしても横目で何度も確認してしまう。

「……えっと、どこ行くんだったか」

 その話は既に昨日している。

 最初はショッピングモールだ。

「ショッピングモールお願いします! すみません、遠くて」

 1時間程度はかかる。だが、その間、ここに三咲が座っているのなら、それで充分ではないか。



 まるで、三咲の彼氏にでもなったような錯覚が何度も沸く。

 一緒に通勤用のコートの色を選び、その荷物を持ち、靴擦れを気にしてやって、休憩を取らせる。

 食事もケーキは半分に分けてそれぞれの味を楽しんだ。

 それよりも何よりも。

 いつも結っている髪の毛が胸元や背中で揺れているだけで、唇が赤いだけで、美しさが増し、まるで我が者のように胸を張ってエスコートしてしまう。

 更には、何故今日は自分に声をかけてくれたのだろう。

 こういう役は若くて二枚目の嵯峨や鏡の方が充分似合っているのに、それよりも自分の方が良かったのか…と無駄なことを延々と考えてしまう。

 偶然手が触れないかと考えてしまう。

 そっと肩に触れるとそのまましなだれこんでくるのではないかと、妄想してしまう。
 
 その妄想は、5時間も続いた。

 だが結局は何もなく、夕方になり、「ありがとうございました」とすんなり彼女は署に戻ってしまう。

 まあ、それでないきゃいけない。

 それでいいんだ。

 そうでなきゃ……。

 落ち込む自分を隠すために、訳も分からず奮発してウイスキーを買ってしまう。

 若いというのは罪だ。

 年よりに車を運転させて、何も思っちゃいない……だけどそれでいいんだ。それだからいいんだと、何度も何度も同じことを考え、今日嗅いだ匂いを忘れるまいかと、布団の中まで引きずり込んだ。
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