俺を護るとは上出来だ~新米女性刑事×ベテラン部下~
三咲は嵯峨と一緒に会議室から出ると、嵯峨の車に乗って港区に向かい始めた。

「……相原さんに頼んで港区の廃区域の地図を送ってもらいました」

「……」

 嵯峨は何の反応もせず、前だけを見ている。何か考え事をしているようだ。

「山本さんは正面から爆弾を探しているようです。でも、広すぎてきっと無理だと思います」

 最初の外務大臣の息子の事件の時の倉庫の4倍はある。暗いだろうし、物が多ければ多いほど、作業がはかどらない。

「……最初は水族館で次が倉庫。
 ということは、明らかに最初は見せしめだ。
 犯人は最初から山本さんを巻き込む事が目的だった」

 ………そう言われると、胸が痛い。

「犯人は2人の女性の動画をアップすると言っている。そこにお前の物はない。ということはこれは見せしめだ」

「……………」

「事は、事件はまだ先がある。もしくは、犯人は別人か」

「……………」

「………、何か、言わなきゃいけないことがあるか?」

 三咲は首を振った。

「……俺達は裏から行く」

「はい……」

 山本が必至で爆弾を探している姿を思い浮かべると胸が痛い。

「……制限時間が分からない以上、着いたら爆発するという可能性もある。覚悟しとけ」

「…………」

 覚悟………。

 ふうーっと長く息を吐く。

「……お前は俺から離れるな。2人で探すが、見失わない距離を保て」

「…………1人ずつで探した方が時間の短縮になります」

「犯人がどこから見てるか分からん。無駄に1人になるな。爆発しなくてもお前を捉えられたら同じ事だ」

「………まさか、爆弾の方が被害が大きいです」

 それは優しさのつもりなのかと、ふっと気が抜けた。

「またレイプされたいのか?」

 だがさすがにその一言は受け入れられなかった。

「ひっどい!! 酷過ぎです!! そんなわけないじゃないですか!! 酷い! 最低!! 私、その、犯人が初めてだったって言ったじゃないですか! またってそんなこと望むわけないでしょう!?」

「……だからだ、相手は予測して、両手を広げているかもしれない」

「………………あー、疲れた」

 初めての相手にレイプされた。その事実をこんなにもハッキリ言い、スル―っと流されたことが気持ち良かった。


 車を降りて、拳銃片手に2人は裏手から乗り込んでいく。

 既に使用禁止になっている港区は錆びれているが、見える範囲に対策本部はない。

 こちらの動きが本部に知られると叱られるどころでは済まないため、GPSは切っておく。

 しかし、薄暗い倉庫の中に入り、天井を見上げて思う。ここで3人で爆弾を探すなど、数時間では到底不可能に思えた。

「…………あった」

 どこからその嗅覚が働くのか、ものの5分で壁に取り付けられたポストのような古びた装置の下に何かが取り付けられているのを発見する。

「さっそく!? すごい!!」

「………………」

 バァァァァン!!!

 突然の爆風に、目を閉じ、腕で顔を覆った。

「嘘!?」

 まさか、爆弾は数か所に仕掛けられていた!?

 嵯峨はすぐにしゃがんで手元の爆弾に目をやるが、

「クソ………ダミーのコードが多すぎる!」

 コードだらけのダイナマイトをそのままに、1度嵯峨は立ち上がった。

「おーい!!!」

「山本さん!!!」

 三咲は一番に走った。

「何でお前たちがいる!?!?」

 山本の表情は随分険しいが、三咲は顔を見た瞬間状況も忘れて、安堵した。

「爆弾はここにもある。電源は入ってないようだが、ここでたったこれだけの規模の爆弾を仕掛けて何をするつもりだ…」

「処理は?」

「時間をかければ大丈夫だ」

 嵯峨がポストの下を見た時、30、29という赤い文字が見えた。

「走れ!!30秒だ!!」

 嵯峨が三咲の腕を掴んだ。瞬間、

 パン。

 短く乾いた銃声が響く。

「うっ……」

 山本が膝を地につけた。

「や、山本さん!!」

 嵯峨は辺りを見渡したが、犯人は見当たらない。

 20、19…既に時間はない。

「ぐっ……」

 更にもう一発背後から片足に弾が入った。

 パン、パン、パン。

 嵯峨がそれなりに目星をつけて撃っているのだろうが、暗い中、反応はない。

「行け……」

 山本はこちらを見ずに言う。

「嫌です、行けないッ………」

 突然首元に強い力がかかり、力が抜けて後ろに倒れ込んでしまう。

 微かに、

「犯人は俺達が!」という嵯峨の声が聞こえた後、からの記憶はない。



 パニックになる三咲の首をトンと叩いて気絶させ、抱えて命一杯走った直後、背後で爆発が起こった。たが爆風で飛ばされ、地面に投げ飛ばされたがそれだけで済んだ。

 三咲が軽くて助かった。後2、3メートル後ろだったら重症だったかもしれない。

 後ろを振り返って見る。倉庫は一部瓦礫の山になっている。

 あの瓦礫はとても1人では処理しきれない。

 三咲の顔を見た。

 目を閉じたまま、青ざめてはいるが、それでも唇は赤々しい。

 犯人は、これを……。

 全身を震わせ、三咲を抱きかかえで歩き出す。

 いち早く応援を呼ぶ。それが今の俺にできることだ。



 事故後、精神的ダメージを受けたであろう三咲の入院措置が提案されたが、署でないと眠れないと拒否したため、仮眠室である自宅に戻った。

 山本さんは応援が素早く対応したため、幸いにも一命をとりとめている。だが、片腕が飛んだ状態だった。意識不明の重体の上に今夜が山場ではないかと言われている。

 山本さんの詳しい事をまだ三咲は知らないが、一応伝えた方がいい。

 そう判断した嵯峨は、仮眠室の前で、1度息を大きく吐き、その後インターフォンを押した。

 出ないのは分かっていたので、2、3度ノックして

「俺だ。山本さんが今夜山場だそうだ」

 と外から話す。

 すると、ガタガタと物音がし、次いで鍵が開いた。

「…………」

 青い顔をしたまま、何も言わない。

「すまない。お前を助けるので精一杯だった」

 嵯峨は考え抜いた精一杯の謝罪を三咲に見せた。

「…………」

 俯いていたので、反応が遅れた。

 よろめくように三咲の頭が動き、顔が胸元に触れた。涙がワイシャツとシャツを浸透してすぐに冷たくなる。

「……」

 言葉が出なかった。

 三咲も、声を押し殺したまま、泣いている。

 だが、こんな所で泣いている場合ではない。

 嵯峨は、さっと三咲の身体を押し戻すと、

「報告書を上げろ。でないと、捜査が始まらない」

 目からは大粒の涙が溢れている。

 不服そうだ。

「……山本さんのことは、医者がなんとかしてくれる。俺達にできるのは、捜査だ」

 精一杯の慰めのつもりだが、三咲は気に入らないのか一度そっぽを睨む。

「あと、しばらく外には出るな」

「分かってます。………買い物もネットでします」

 宅配業者に紛れて余計な荷物を持ち込まれる気もしたが、とりあえず黙っておく。

「…………私に近寄らない方がいいですよ……」

 顔が強張っている。内心そうは思っていない証拠だ。寂しくて不安でたまらないが、俺を山本さんの二の舞にはしたくないということだろう。

「1人でいて犯人に捕まりたければ、寄らなくていいさ。だが俺はそんなことは望んでいない。犯人を捕まえるためには、お前が無事でいるということが一番だ」

「……随分遠回しな言い方ですね」

 
 三咲はこれみよがしに腕を組んだ。

 たが、嵯峨を一睨みすると、すぐに手を外す。

「病院。一緒に来てもらっていいですか?」

「……あぁ…」

「着替えて来るんで、待ってて下さい」

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