俺を護るとは上出来だ~新米女性刑事×ベテラン部下~
その直後、女性警官をレイプしている動画がネットに上げられたが、すぐに削除された。被害は最小限にとどまったと考えられている。
三咲は事情聴取を自ら受けたが、結局証拠など犯人につながるようなものは何もなく、Q課3係りの中でだけ自体は把握された。
それでもみんな、普通に接してくれている。
山本も意識がとりあえず戻り、峠を乗り越えた。
本部での防犯カメラからの割り出し、聞き込みなどはまだ続いている。
自分も率先してそれに向き合っていかなければ、と思う。
そんな矢先の、終業定時時刻30分後。
「三咲!」
呼び捨てで何だとデスクの椅子に腰かけたまま振り返る。
「あぁ、神保(じんぼう)君」
同期の捜査1課1係りの神保 秋継(じんぼう あきつぐ)が戸口に手をかけ、若干睨んで立っている。
1課に何か恨みでも買われたかなと心配になりながら、慌てて立って寄った。
「……」
顎で来いと、示す。
それは、警察学校に居た時からも若干そうだったが、1課に行ってから更に粗雑になった気がする。
部下ならまだしも、同期でそれはちょっと扱いな酷い気もしたが、何度か食事に行った仲でもあるし、まあ流そう。
「ど、どこ行くの?」
「外だ」
「え!? え、待って! パソコンそのままだし……」
慌てて振り返る。
「じゃあ切って来い」
何をそんなに……。険しい表情で話すことがあるんだか。
何か失敗したかな……。
まさか、1課との接点はなかったはずだし、何がそんなに気に食わないことがあるんだろうと、巡らせながらパソコンを切り、すぐに駐車場に走る。
神保は既に自車のSUVに乗り込んでいる。
一度それに乗ったことがある三咲は、迷わず助手席に乗り込んだ。
「退社してきたけど。どこ行くの? というか、どうしたの?」
「……」
神保はそれには答えず、まっすぐ前を向いている。
メガネがきらりと光り、おでこで分けられた前髪が、インテリジェンスな雰囲気を醸し出しているが、実際はインテリヤクザに近い。
「何? 食事? 2人きり? 誰もいないの?」
「………」
何も喋らない。
「おーい……」
車がどこに向かっているのかも分からない。
「うーんと、じゃあ、サプライズ的な、なんかだ。私の誕生日までまだ先だけど、このまま高級レストランに連れて行って、サプライズケーキ出してくれるんだ」
「……」
眉間に皴が寄った。違うようだ。
「うーんと、僕結婚したんですサプライズ? 新築一戸建てに奥さんと子供が登場?」
「……」
無表情。それも違うようだ。
「生き別れた妹が見つかった?」
「生き別れてない」
本当に違うらしい。
「同期の飲み会?」
「違うが、近いか…」
「えー!? 何で事前に連絡くれないのー!? 私今日お金持ってきてないよ!」
「……」
「えー、どうしよう。確か千円くらいしか入ってない」
基本は食堂にしか行かないので、ほとんど持っていない。
「現金はちょっとくらい入れとけ。急な遠出もあるだろ」
まあ確かに、そのまま1人で捜査に出て現金がないと困るかもしれない。
「そうだけど、それがまさか今日とは思わないよね」
「いつもそんなもんだ」
「………」
にしても、一体……。
「……なんか、聞きたいことがあるの?」
神保はこちらを見ると、人差し指を口元で立てて見せた。咄嗟に後ろを振り返る。
誰かいるというわけではない。
ということは……盗聴されている……?
「着いたら話す」
まさか……この人が犯人……じゃないよね?
到着したのは、平凡な5階建てのアパートの駐車場だった。
自宅?と聞いたが、神保は何も答えない。
彼は先に下りると、無言で顎で降りるように示す。
一瞬躊躇ったが、降りるより他ない。
神保はこちらが下りるのを待っていてくれたので、一緒にロビーに入ることになる。
「………」
何も言わない。
そのまま、エレベーターが下りてくるのを待ち、神保が先に、続いて三咲が乗り込む。とほぼ同時に後ろから人が駈け乗って来た。
「……!!」
神保は庇うように三咲の前に立ち、左手を広げ、右手を自らの腰に回す。
が、乗って来た住人はぼさっとした顔でエレベーターのボタンを押し、こちらを気にも留めていない。
神保の緊張が伝わり、自分の手をぎゅっと握った。神保が真剣すぎて、怖くなる。
しかも、一体何が起こっているのか、全く把握できない。
住人が先に3階で下り、我々は5階でエレベーターを降りる。
「……」
神保が手慣れた手つきで一室の鍵を開けた。
表札は出ていないが、自宅だと思われる。
さっと室内に入り、内鍵をかけるとようやく
「どういうことだ!?」
と暗闇の中、荒い声を出した。
何のことかさっぱり分からない三咲は
「な、何!? こっちこそ分かんないよ! ここどこ!?」
「俺んちだ。尾行は巻いたつもりだがな……お前、何で尾行されてる?」
「………」
尾行……いつから……。
「言えない理由があるんだろ」
その攻め方はやめてほしい。
「な、何よ……」
「さっき俺のデスクに勝手にDVDが置かれてあった」
「DVD? レンタル?」
「女性警察暴行事件、あの3人目の被害者がいたなんて、報告は上がってないぞ!」
「…………え…」
「この前ネットに上がったのと同じアングルだ。お前今日俺がどんだけビビったと思ってる!? パソコンの音量が出てたら最悪だったぞ!!」
「………」
そんなこと、言われたって……。
「……一応、ポータブルDVDで会議室で見た。正解だったよ」
「…………」
「映像は5時間。飛ばし飛ばしでしか見てない。けど、時々お前の声が入ってた」
「………………」
「問題は色々ある。何故俺宛てだったのか。いや、送ってきたんじゃない。誰かが置いたんだ。何故俺だったのか、だとしたら、犯人はこうなることを予想しているはずだ。だから尾行してきたんだ」
「………」
「なのに簡単に撒けた。ということは素人なのか。いや、DVDを直接置く辺り…とても素人には思えない」
「………」
「なら、誰宛てでも良かったのか。偶然俺だったのか……おい、なんか言え」
なんか言えって……。
「……」
「何故ネットに上げなかったんだ……また何か企んでいるのか……」
「……」
「……それで今お前、仮眠室でいるらしいな。いつからだ?」
「もう……ひと月くらいになる……」
「どうなってんだよ、ったく」
まさか、そんな……。
「……静かだ」
車が道路を走る音しか聞こえない。
「……この事は他に誰か知ってるの?」
「言えるか!」
吐き捨て、そっとドアを開ける。
「ここにいろ。鍵は開けるな」
無防備で突っ立っている事ほど不安なことはなかったが、仕方ない。
内鍵をしっかりかけ、息を殺して壁際で待つ。
しかし、15分ほどすると、神保は外から鍵を開けて帰って来た。
「誰もいない。どうなっている……」
というのはこっちが聞きたい。
三咲は事情聴取を自ら受けたが、結局証拠など犯人につながるようなものは何もなく、Q課3係りの中でだけ自体は把握された。
それでもみんな、普通に接してくれている。
山本も意識がとりあえず戻り、峠を乗り越えた。
本部での防犯カメラからの割り出し、聞き込みなどはまだ続いている。
自分も率先してそれに向き合っていかなければ、と思う。
そんな矢先の、終業定時時刻30分後。
「三咲!」
呼び捨てで何だとデスクの椅子に腰かけたまま振り返る。
「あぁ、神保(じんぼう)君」
同期の捜査1課1係りの神保 秋継(じんぼう あきつぐ)が戸口に手をかけ、若干睨んで立っている。
1課に何か恨みでも買われたかなと心配になりながら、慌てて立って寄った。
「……」
顎で来いと、示す。
それは、警察学校に居た時からも若干そうだったが、1課に行ってから更に粗雑になった気がする。
部下ならまだしも、同期でそれはちょっと扱いな酷い気もしたが、何度か食事に行った仲でもあるし、まあ流そう。
「ど、どこ行くの?」
「外だ」
「え!? え、待って! パソコンそのままだし……」
慌てて振り返る。
「じゃあ切って来い」
何をそんなに……。険しい表情で話すことがあるんだか。
何か失敗したかな……。
まさか、1課との接点はなかったはずだし、何がそんなに気に食わないことがあるんだろうと、巡らせながらパソコンを切り、すぐに駐車場に走る。
神保は既に自車のSUVに乗り込んでいる。
一度それに乗ったことがある三咲は、迷わず助手席に乗り込んだ。
「退社してきたけど。どこ行くの? というか、どうしたの?」
「……」
神保はそれには答えず、まっすぐ前を向いている。
メガネがきらりと光り、おでこで分けられた前髪が、インテリジェンスな雰囲気を醸し出しているが、実際はインテリヤクザに近い。
「何? 食事? 2人きり? 誰もいないの?」
「………」
何も喋らない。
「おーい……」
車がどこに向かっているのかも分からない。
「うーんと、じゃあ、サプライズ的な、なんかだ。私の誕生日までまだ先だけど、このまま高級レストランに連れて行って、サプライズケーキ出してくれるんだ」
「……」
眉間に皴が寄った。違うようだ。
「うーんと、僕結婚したんですサプライズ? 新築一戸建てに奥さんと子供が登場?」
「……」
無表情。それも違うようだ。
「生き別れた妹が見つかった?」
「生き別れてない」
本当に違うらしい。
「同期の飲み会?」
「違うが、近いか…」
「えー!? 何で事前に連絡くれないのー!? 私今日お金持ってきてないよ!」
「……」
「えー、どうしよう。確か千円くらいしか入ってない」
基本は食堂にしか行かないので、ほとんど持っていない。
「現金はちょっとくらい入れとけ。急な遠出もあるだろ」
まあ確かに、そのまま1人で捜査に出て現金がないと困るかもしれない。
「そうだけど、それがまさか今日とは思わないよね」
「いつもそんなもんだ」
「………」
にしても、一体……。
「……なんか、聞きたいことがあるの?」
神保はこちらを見ると、人差し指を口元で立てて見せた。咄嗟に後ろを振り返る。
誰かいるというわけではない。
ということは……盗聴されている……?
「着いたら話す」
まさか……この人が犯人……じゃないよね?
到着したのは、平凡な5階建てのアパートの駐車場だった。
自宅?と聞いたが、神保は何も答えない。
彼は先に下りると、無言で顎で降りるように示す。
一瞬躊躇ったが、降りるより他ない。
神保はこちらが下りるのを待っていてくれたので、一緒にロビーに入ることになる。
「………」
何も言わない。
そのまま、エレベーターが下りてくるのを待ち、神保が先に、続いて三咲が乗り込む。とほぼ同時に後ろから人が駈け乗って来た。
「……!!」
神保は庇うように三咲の前に立ち、左手を広げ、右手を自らの腰に回す。
が、乗って来た住人はぼさっとした顔でエレベーターのボタンを押し、こちらを気にも留めていない。
神保の緊張が伝わり、自分の手をぎゅっと握った。神保が真剣すぎて、怖くなる。
しかも、一体何が起こっているのか、全く把握できない。
住人が先に3階で下り、我々は5階でエレベーターを降りる。
「……」
神保が手慣れた手つきで一室の鍵を開けた。
表札は出ていないが、自宅だと思われる。
さっと室内に入り、内鍵をかけるとようやく
「どういうことだ!?」
と暗闇の中、荒い声を出した。
何のことかさっぱり分からない三咲は
「な、何!? こっちこそ分かんないよ! ここどこ!?」
「俺んちだ。尾行は巻いたつもりだがな……お前、何で尾行されてる?」
「………」
尾行……いつから……。
「言えない理由があるんだろ」
その攻め方はやめてほしい。
「な、何よ……」
「さっき俺のデスクに勝手にDVDが置かれてあった」
「DVD? レンタル?」
「女性警察暴行事件、あの3人目の被害者がいたなんて、報告は上がってないぞ!」
「…………え…」
「この前ネットに上がったのと同じアングルだ。お前今日俺がどんだけビビったと思ってる!? パソコンの音量が出てたら最悪だったぞ!!」
「………」
そんなこと、言われたって……。
「……一応、ポータブルDVDで会議室で見た。正解だったよ」
「…………」
「映像は5時間。飛ばし飛ばしでしか見てない。けど、時々お前の声が入ってた」
「………………」
「問題は色々ある。何故俺宛てだったのか。いや、送ってきたんじゃない。誰かが置いたんだ。何故俺だったのか、だとしたら、犯人はこうなることを予想しているはずだ。だから尾行してきたんだ」
「………」
「なのに簡単に撒けた。ということは素人なのか。いや、DVDを直接置く辺り…とても素人には思えない」
「………」
「なら、誰宛てでも良かったのか。偶然俺だったのか……おい、なんか言え」
なんか言えって……。
「……」
「何故ネットに上げなかったんだ……また何か企んでいるのか……」
「……」
「……それで今お前、仮眠室でいるらしいな。いつからだ?」
「もう……ひと月くらいになる……」
「どうなってんだよ、ったく」
まさか、そんな……。
「……静かだ」
車が道路を走る音しか聞こえない。
「……この事は他に誰か知ってるの?」
「言えるか!」
吐き捨て、そっとドアを開ける。
「ここにいろ。鍵は開けるな」
無防備で突っ立っている事ほど不安なことはなかったが、仕方ない。
内鍵をしっかりかけ、息を殺して壁際で待つ。
しかし、15分ほどすると、神保は外から鍵を開けて帰って来た。
「誰もいない。どうなっている……」
というのはこっちが聞きたい。