俺を護るとは上出来だ~新米女性刑事×ベテラン部下~

誤報による束の間の談話

その日、午前5時に目が覚めた山本は、病院の個室でうとうとしながらも周囲が朝の騒がしさを取り戻していく様子を耳で感じていた。

 右手、両脚はあることを確認する。

 左手だけは、何度確認しても、もうない。肘から下は爆発と共に吹っ飛んでしまった。

 意識を取り戻した日から毎日見る三咲の顔は、ずっと沈んでいる。

 何度も泣かれた。

 いつも、言葉数は少なく、事件の核心に触れたことはないが、おおよそが明白になって、辛いのだろうと感じた。

 だが俺は、右手でその頭を撫で、右手はある、これは刑事としての仕事だ、と言葉にはせずとも、気持ちで伝えている。

 それでも、より泣く時もあれば、すっと収まる時もある。

 こうして入院してい中見舞いに来られると、幾度も三咲の時間を割いているようで半分は嫌だ。

 嵯峨のように「迷惑だから来るな」と言えればいいと思う。

 だが、ここまで年を取りすぎると自分に甘くなってしまうもので、なかなか、想いと逆の寂しいことが言えない。

 息子も見舞いに来るが、それ以上に三咲を待ちわびてしまっている。

 身体の外傷はだいぶ安定してきたが、これから義手を作ったり、リハビリしたりと退院まではまだかかる。

 午前7時前。

 ガラリと個室の扉が開く。今日はどの看護婦だとその方を見ると、

「申し訳ありませんでした」

 突然スーツ姿の三咲が深く頭を下げた。

 何をこのタイミングで謝りに来るんだと、不思議に思った山本は、目をぱちくりさせた。

「すみませんでした……本当に」

 言いながら、簡易椅子にそっと腰かける。

 俺は何も言わずにただ見守ることにする。

「その……。昨日、犯人が捕まったんです。一応」

「それは良かった!!」

 ほっとしたのも束の間、三咲の顔色は悪い。

「……どうした?」

「……結局、自分が最初にちゃんとしなかったから……。犯人と銃撃戦になって、2人も殉職したんです……。犯人も、死にました」

「……本当に射殺されたのか……」

「……山本さんにも、本当に申し訳ありませんでした」

 三咲は肩を震わせながら、頭を下げた。

 殉職した家族への謝罪も行くつもりなんだろう。他の刑事がもちろん付き添ってくれるだろうが、事件が終始し、犯人が死んでも、これでは後味が悪い。

「いいや……。これが仕事さ。そういうもんだ」

「私だけ……無傷で…すみません……」

 絶句する一言だった。

 だがすぐに口を開く。

「な…なあに。三咲警部だって、傷を負った。鏡だって、嵯峨だって同じだろうよ。身体の傷ばかりが傷じゃない」

「……鏡さんには…私のことを一課に言わなかったってことで処分が下ると、一課長が言ってました」
「あぁ。言うだけだよ。随分嫌そうに言うだろ?」 

 山本は思い出し笑いする。

「え、ええ……。報告義務を怠った処罰は後でって……」

「言うだけだよ。後は知らん顔さ。それで自分の手柄にして終いだよ。それで偉くなってるから」

「………それはいいんですか?」

「いい奴だよ。闇を手柄にかえて、しかも傷をいつもしょい込む。刑事に向いてるんだろうな、ああいうのが」

「へえ……」

 三咲が何か言いたそうな気がしたが、山本はあえてそれを聞かず、グッドタイミングで本物の看護婦が来たことに、ほっとした。




 事件解決から一週間。現場検証や検死などの結果、警官を射殺したのは、強姦魔ではないもう1人の人物。その人物があの場所におり、しかも強姦魔も射殺したと考えられていた。

 事実上、事件は解決していない上に、防犯カメラなど一切ない場所だったので、犯人の存在は全く知られていない。

 警察としては、とりあえずこれを双方の打ち合いとして処理し、手早く幕引きを図った。

 そんな上塗りの上塗りなどに慣れきっている公安は、日常を取り戻しつつある。

 山本の回復状態も良いし、事件のことは早くもうっすら忘れかけられ、次の事件を追い始めていた。

 公安でマークしていた強盗犯が廃墟になっている旧大使館に逃亡、追跡逮捕せよの任務に全員が駈けだす。

 三咲と嵯峨、2人になって初めての事件だった。

 アナウンスが流れるなり、資料室にいた嵯峨がすぐに駐車場に回るのは分かっていたので、三咲もすぐに行く。相原が非番だったため、桐谷も一緒に乗り込んだ。

 台風による大雨のせいもあって運転は嵯峨に任せて、捜査情報を皆で把握しながら廃墟に向かう。

 随分古い物件でしかも、交通の便の悪い旧道の先にあり、こんな西洋城が山奥といえど日本にあったのかという驚きが大きかった。

 情報によるとここに籠城しているらしい。

 3係りはどしゃぶりの中二手に分かれて乗り込んだ。

 だがそれが誤報であるとすぐに情報が入り、退去することにする。

 が、旧道が土砂崩れによって塞がれてしまい、桐谷、嵯峨、三咲が閉じ込められてしまった。

 外との通信は可能で、特に人の気配もない。

 朝になれば救助が来ると分かり、3人はリビングらしき部屋で懐中電灯の明かりを囲んで座り込み、その場で呑気に談話を始めるに至った。

「あー、腹減った」

 桐谷が言い出すが、ポケットからビスケットが出てくるという魔法を持ち合わせていない三咲は、

「そうですねー」と軽く返事をしながら、腕時計を確認した。

「0時か……。明日何します?」

 桐谷は明日朝から非番だった。

「帰って寝るよ。デートする相手もいねーし」

 ふんっと、足を組んで頭を壁にもたせた。

「あのさあ、………聞いていい?」

 桐谷は、わりと真剣な表情でいる。

 三咲は若干ぎくりとしたが、

「はいどうぞ」

 と平常心をよそって答えた。

「ひょっとしたら俺だけしか知らない事かもしれないけど。嵯峨さん辺りは知ってるかもしれない」

「前置きが長いな」

 嵯峨は煙草に火をつけながらくぐもった声で言った。

「俺が何を聞きたいか分かる?」

 桐谷はにやけて楽しそうだ。

「いえ、全然」

 それには乗るかと、三咲は精一杯無表情でいる。

「もうほんっとめちゃくちゃ聞きたいんだけどさあ、なあんというか、みぃんな知らん顔してるというか」

「……」

 嵯峨はライターをカチッ、と点けては消し、もう一度点けて消した。不快らしい。

「多分嵯峨さんも内心は聞きたいと思ってると思う」

 嵯峨は、口元から煙草を取り、ふーっと吐きだすと、

「俺は三咲に聞きたいことなんかない」

と言い切る。

「だとしたら、知ってるんだ。聞いて知ってるんだ」

 茶化した言い方に、さすがにキレたのか、2人とも黙る。

 その空気の悪化にようやく気付いた桐谷は、

「単刀直入に聞きます」

 と、三咲の前までわざわざ寄って、拳をマイク代わりに詰め寄った。

「山本さんとはこれからどうするんスか?」

「は??」

 三咲は桐谷の顔を大きな目を開いて覗き見た。

 嵯峨は眉間に皴を寄せて、煙を吐く。

「これからって、どうもしないです」

「これを機に別れるって事っスか?」

「別れるも何もそもそも付き合ってません!!」

「という事にしておくつもり?」

「いや、全然!!え、嘘!?そんなみんな疑ってたんですか!?」

 三咲は嵯峨を見た。が、目を合せようともせず、

「俺は何とも思っちゃいない」

 桐谷は間髪入れず、

「うそぉ!? 班の中で2人デキてたら、最悪感出ません!?」

 でも、それは嵯峨に限ってはないように思う。

「とにかく! 全然そんなの、山本さんに失礼ですよ! それに年もめちゃくちゃ離れてるし」

「え、じゃあ、ただの友情とかそういうのだけであそこまで親密になれるんスか?」

「普通でしょ! 別にめちゃくちゃ親密なわけじゃないし。食事くらい同じ班なんだから行くでしょ」

「じゃあ何で嵯峨さんは行かないんスか?」

「………」

 いや、あれは山本さんがいつも誘って……。あ、え!?やばい、誘うべきだった……。

 嵯峨の煙を吐く音だけになる。

「とにかく、私は山本さんとはお付き合いはしていません! 食事とかは行ったけど、あれは、……私が落ち込んでたからで、班のというわけじゃなくて……。
 買い物も着いて行ってもらったけど、別に……そんな、山本さんはそんな風に言ってました?」

 不安になって、逆に三咲は聞いた。

「いやあ、聞いてもはぐらかされるの分かってたから誰も聞いてないと思うし…。嵯峨さん聞いた?」

「……」

 無関心なようだ。

「別に……そんな、みんな勘違いしてました?」

「一応、俺は相原と話したことはあったけど。愛とはそんなもんだ、って感じで簡単に終わった」

 どんなもんだよ…。

「鏡さんにもちらっと聞いたけど、違うだろって否定された。後は、何でか一課の神保さんに聞かれたから…」

「ええ!? 神保君に!?」

「うん。最近、突然。だから、知らないけど怪しいった答えた」

「もうなんでよー!! 同期に変な噂が立ったらどうしてくれるのよ!!」

「というか、DVDのことが一課の1係りに知られた以上、そう思うのが普通っしょ。少なくとも一課の1係はそう思ってると思うよ」

「何で否定してくれなかったかなあ……」

「俺もそうだと思ってたし」

「そんなわけないじゃん。いくつ年離れてるのよー……」

「年なんて関係ないんじゃん?」

「あるよ!!あるよ! 君なら大丈夫なわけ? 50歳のおばさんでも!」

「俺のストライクゾーンは狭いから」

「皆同じよ!」

 三咲は溜息が続く。

「まあでも、山本さんの顔はまんざらでもなさそうだったなあ」

「桐谷、しつこい」

 嵯峨がぴしゃりとたしなめた。

「はーい」

 桐谷はそこで一度話を終えたが、三咲は気になっていたことがあったのでこの話題を続けた。

「でも私…、なんか、すごく責任を感じてて…。今日の朝も病室行ったんですけど。左手がないのがすごくつらくて……」

「あまり自分を責めるな。お前のせいでケガを負ったんじゃない」

 嵯峨は真剣に答える。

「でも!……でも……左手が義手になったら不便だろうし。日常生活がちゃんと送れなかったら、介護とかが必要になったら、私がしてあげなきゃいけないって思います」

 桐谷は落ち着いた顔で聞いた。

「愛ゆえじゃなく? 責任感から?」

「…………愛ゆえじゃないと思う………」

 三咲が若干迷った答えを出すと、嵯峨が口を開いた。

「強すぎる責任感はかえって迷惑になる」

「……でも、山本さんには一度もお見舞い断られたことはありません。それは人によって違うと思います」

 だが嵯峨は更に続けた。

「お前が介護するのはいいさ。山本さんも助かるだろう。だが、今回犯人がまだ完全に捕まっちゃいない。それでもお前は、まだ山本さんの世話をするか?」

「……………」

 三咲は言葉を失ったが、嵯峨は続けた。

「班の中でもお前は上司俺達は部下だ。一応お前の言いなりにはなる」

 嘘つけと思う。

「だが、境界線はしっかりつけとけ。周りがそう思うんなら、お前の中でつけられていない証拠だ」

「………」

 そうかもしれない。

「俺達はなれ合いでいるんじゃない。いつか失う覚悟もいる」

 そういえば爆弾が爆発する時、嵯峨は簡単に山本の側から離れた。そういう、覚悟を持っているということか……。

「……」

「なあんか寒いと思ったら、隙間風か」
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