俺を護るとは上出来だ~新米女性刑事×ベテラン部下~
捜査一課で囮捜査の経験を持つ相原のアドバイスを中心に、結局本人以外の全員で一度会議室に集まった後、本人も直接呼び出すことにした。

 鏡1人が三咲と話をした場合、三咲の男への心が揺れる可能性があるので、みんなで状況を説明し本人の心を切り離した方が良いというのが相原の作戦だった。

 間を置かずにすぐに会議室に入って来た三咲は、全員が集合していたので、

「あ、遅れてすみません!!」

と輪に入ってくる。

 桐谷は勝手にパイプ椅子に腰かけ、残りは立てるという図式を見て、三咲はそれほど重要な事が話されるのではないと直感したのか、いつもの表情で鏡を見上げた。

「三咲」

 鏡は、いたって平常心を保っている。しかし、どんな表情が一番適しているのか判断しかねたので、ポーカーフェイスで通すことにした。

「……はい……」

 それに気づいた三咲の反応は少し遅れた。

「今二課長からこれを見せられた」

 何も隠さずそのまま伝えた方が本人のためであり、その上で作戦を成功させる自信が相原にはそれなりにあったようで、そのまま実行に移す。

「……」

 さすがに自分だとすぐに気付いた三咲は、手で口を押えた。

 相原はすかさず口を開く。

「三咲警部、この場で尿検査を受けて頂いて薬物が確認でき次第、懲戒解雇になります」

「ひえっ!?!?」

 声にならない声だった。

 顔は一気に色を失う。

 三咲は周囲を見渡した後、

「え、そ、あの、私は何もしてません!!」

 そう言い切って誰とも目を合せない。

「この男、ブライアンは麻薬の常習犯です。連日ホテルで一緒にいて、何か不審な点を感じませんでしたか?」

「え……」

 知らなかったという顔だ。万が一薬物が確認できても、同意の上ではなさそうだ。

「多分麻薬以外にも色々な薬を所持、使用していると思われます。こっそり酒に混ぜられたり、そんな可能性はありませんか?」

 三咲はぴくりとも動かない。

 視線はただ床一点に集中している。

「おかしいなと思ったことはありませんか?」

 相原はもう一度聞いた。

「そんな……だって……」

「愛生ちゃん、結構浮足立ってたでしょ。あの時、何かに駆り立てられるようなそんな気分じゃなかった?」

「………」

 耳には入っているだろうが、頭では処理できていない顔だ。

「セックスの時、何度もできただろ?」

 嵯峨の声を聞いた瞬間、三咲の頬や耳が一気に赤くなった。それでも嵯峨は続ける。

「合法ならぎりぎりセーフだが、どうだかな」

「合法でも警察官はアウトだ」

 鏡は付け足す。

「私……知らない………」

 それが、ブライアンを庇う為かとも思える全員は容赦をしない。

「いつどこで知り合った?」

 鏡が聞く。

「……一週間前……、嵯峨さんが教えてくれたお店に1人で行った時、偶然隣に座って…」

「付けられてたの、気付かなかったの?」

 桐谷が聞き、ようやく三咲は顔を上げた。

「え!? だって、偶然……」

「んなわけないでしょ。あ、偶然に乾杯してホテル行っちゃったの?」

 さすがに憤りを感じたのか、一度桐谷を睨む。

「というわけだ」

 あっさりそれを認めた鏡は、一旦収集をつける。

 三咲は、脱力したのか憤りを感じているのか、わけが分からなくなっているようで、思考が停止してまっている。

「三咲警部、このままだとおそらく懲戒解雇です。でも、まだ元に戻れる道があります」

 男三人は黙って相原の言葉を聞く。

 三咲は相原と目を合せ、同じく黙って聞いた。

「ブライアン逮捕に協力して下さい」

「えっ!? でもまだやったって決まってないでしょう!?」

「決まったからこうなってんの」

 桐谷ははっきり言ったが、三咲はその方を見ようとはしない。

「現行犯で逮捕します。そのために、三咲警部は囮になって下さい」

「本気で言ってんの?」

 三咲は静かに相原を睨んだ。しかし、相原は顔色1つ変えない。

「もし、無理なら私が変わりに後を引き継ぎますので、三咲警部は尿検査の後退職して下さい。その代わり、踏み込んだ時、一緒にいたら現行犯ですよ」

「…………」

 痛烈な事実に三咲の目から涙が溢れ、零れた。

 視線の先は相原しかいない。そして、相原も三咲を見つめている。

「落ち着いたら一緒に作戦を練りましょう。それに関しては、私の方が経験ありますから」

 ふと相原は笑顔を見せる。

 その笑みが引き出したかのように、三咲は俯いて大粒の涙を声を出して滴らせた。


 落ち着いて、いつも通り、スィートのインターフォンを押す。それだけの事なのに、いつもどうやって自分がボタンを押していたのか、全く分からなくなる。

「あれ? …風邪? 変装?」

 いつも通りドアを開けて出て来たブライアンは、見るなり目をぱちくりさせる。

「昨日、徹夜で……」

 声がうまく出ないがマスクのおかげでうまく隠せている。視線もうまく合わせられないが、メガネのおかげでバレにくくなっているはずだ。

「あぁ……」

 腕を引かれ、ドアの中に滑り込んでしまう。まだドアは開いたままなのに、額と額をくっつけてくる。

「本当だ、少しあったかい」

 熱はないと思うのだが、緊張で体温が上がっているのかもしれない。

 こういう時は、マスクとメガネと風邪と徹夜でいつもより不自然でもどうにかなる、というのが相原の仕込みだった。確かに、誰しも警戒心が薄くなる。

「調子悪いのに出て来てくれたの?」

 ブライアンはドアを閉じながら甘い声を出す。

 緊張で身体が震えていたが、目を閉じて、その慣れた胸板に頭を預けた。

「会いたかった……」

 自分の声が震えている。

「僕もだよ」

 ブライアンはぎゅっといつも通り抱きしめてくれる。

 マスクの上から胸板が覆いかぶさると息苦しい。メガネも顔に当たって痛い。

 いつもとは違う弊害に、頭だけはクリアを保っている。

「今日は早めに寝ちゃうかも……」

「眠れるかな」

 ブライアンはにやけて陽気に答えて来る。

 リビングに通される。いつもハウスキーピングさている上で、酒などを広げているが、今日も同じで数種類のボトルがテーブルに並んでいた。

「いつもの飲む?」

 催促する前に出してくれてよかった。

「………うん」

 リビングのソファに腰かける。とフルーツ盛りの皿の隣、そこに無造作に錠剤と粉が置いてあるのが目に入った。

 驚いて見入ってしまわないように、目を閉じて、ソファに背を預ける。それも、相原から学んだ技術だ。

 しかし、いつもそれがテーブルにあったのだろうか。全く思い出せない。し、もしあったとしても、何も疑わなかっただろう。それこそ風邪薬か何かだと思っただろうし、聞いても誤魔化されただろう。

「……熱が上がったかな…」

 心配してくれるブライアンの声に目が開けられなくなる。

「……」

 決心して目を開けなければ、と思うより先に、マスクを下げられ

「……」 

 キスされた。

 驚くほど速く、身体が反応し、その腕から逃げてしまう。

「風邪、うつすと明日の仕事が困るでしょ」

 それも相原から教えられたセリフだ。だがそのせいで、完全な棒読みになってしまう。

 一瞬不審な顔をされたような気がしたので、慌てて視線を逸らす。

「そんなこと……構わないのに」

 再び強引に身体をとられ、深い口づけが落ちてくる。

 いつもどう感じていたのか思い出せず、身体が硬直したように、まるで自分の身体ではないように、全くうまく動かない。

「………随分調子が悪いみたいだね」

 ブライアンはしごくつまらなさそうに感想を述べた。

 三咲は目を閉じて、唇を拭う。

「うん……」

 そして自ら額に手を当て、

「熱が上がったかも………ちょっとトイレ……」

 と言いながら立ち上がり、

「その前に一口だけ」

 と、出されたいつものを一口含み、そのまま使い慣れた洗面所へとまず入った。

 洗面台の上のコップを手早く取り、トイレへ入って鍵を閉める。

 緊張で身体が震え、もう不自然さを気にする余裕などない。

 口の中の液体をコップに入れ終え、ポケットから検査キットを取り出す。

 もう一度鍵を確認する。大丈夫、鍵はかかっているし、天井も壁も大丈夫だ。

 コップの液体を検査キットの中に少し入れ、振る。

 それから1分だけ待たなければいけない。

 待ち切れずに、相原に電話をかけるため、スマホを取り出した。

 腕時計にするとスピーカーだと音が漏れるかもしれないし、イヤホンにすると、いざという時不自然だ。
 
 液晶の反応が随分遅く感じる。

 アドレスから相原を選び、通話画面にし、ようやくタッチした。

『出ましたか?』

 相原はすぐに出た。

「…………」

 腕時計で確認する、1分経っている。

『出ましたね』

「はい」

『突入します。そのまま切らないで待機していてください』

「…………」

『色の反応はどうですか?』

「……薄い青」

『色が薄くて良かったです。今日は飲みましたか?』

「吐きだしたから…」

 突然外が騒がしくなる。大勢の捜査員が入り込んだ音だ。

 トイレの匂いのせいか、緊張から解放されたのに、嗚咽が込み上げてくる。

「三咲警部!!」

 ドアがノックされ、相原の声が聞こえた。慌てて鍵を解除する。

「三咲……」

 相原が目に入った瞬間、その細い腕に倒れ込んでしまう。

 訳も分からず、視界がぼやけ、全身に力が入らない。

 だが、一緒に床に膝をついてくれた相原は、

「お疲れ様でした」

 背中を撫でながら、温かい言葉をかけてくれる。

「おい!! 相当量の麻薬やマリファナが出たぞ! こりゃ大物だ!!」

 リビングから騒がしい声が聞こえる。

「……!!」

 ブライアンの、悲鳴ともとれる英語交じりの日本語も聞こえた。

「俺はあいつに騙されたんだ!! 」

 それは私のセリフだ……。

 そう思ったが、口からは何も出ず、代わりに目から涙が零れた。
< 21 / 27 >

この作品をシェア

pagetop