俺を護るとは上出来だ~新米女性刑事×ベテラン部下~
署に戻った後、再び、今度は鏡と嵯峨も交えて自己紹介をさせてもらった。
「三咲 愛生です。 よろしくお願いします! あの、失敗ばっかりですけど、その、わざとじゃありませんし、一生懸命頑張りますので、ご指導よろしくお願いします!!」
くたくただったが、声を張り上げて、頭を深く下げる。
「へえー、あ、アオイって愛に生きるって書くの。すんごい名前だねえ。3度咲き、愛に生きる」
桐谷の感想に
「苗字は関係ねえだろ」
山本は突っ込んだ。
鏡が口を開く。
「基本的には、三咲、嵯峨、山本で一班、俺、桐谷、相原が一班で動く。
Q課は1課などに比べて捜査の数は少ないが、入り組んだ物が多く時間がかかるケースが多い。時間がかかるということは、同じ人物との接触も多くなる。普段から体力が勝負だ。時間がある時はそれぞれ道場で鍛えている」
「あ、はい!」
嵯峨という人は少し苦手だ。けど、山本さんと同じ班だからどうにかなる気はする。
「んじゃあ今から新人歓迎会行きますかー!!」
と、桐谷は手を挙げたが、
「……」
嵯峨は無言で出て行ってしまう。
歓迎されてない、ということだろうか。
「俺は今から局長に会って来る」
鏡も席を立った。
「私はこの後予定がありますので」
相原も簡単にバックに手を伸ばす。
「あー、じゃあ、今度皆の予定が合ったら、にする?」
桐谷は笑いながら、自らのセカンドバックに目を落とした。
「じゃあ、俺と焼き鳥屋でも行くか!」
山本はにかりと笑いながら、提案してくれる。
「官舎で1人酒を飲むのも悲しくてねえ。でも外に出たら出たで面倒だし、で、結局1人なわけよ」
山本は気を遣ってくれているのか、喋りながら歩いて先導してくれる。
「……そうですか……」
独り暮らしの背景となる過去を知っているだけに、何も口から出ない。
「あんたは官舎?」
「え、ええ」
「実家は遠いのか?」
「いえ、……仕事に集中したかったので」
しっかりと自信を持って言う。
「…あそう。それは結構なこった」
きっと、何か他に言いたいこともあったんだろうが、輪を保つために言わないでおいてくれたんだと思う。
焼き鳥屋は狭い上に人が多く、カウンター席しかないので、山本の腕に密着するほどの近さで食事をすることになる。
「ここ、味はいいから」
笑っていてくれるのなら、味なんて別になんでもいい。
それに、嵯峨が期待できない以上は山本に賭けるしかない。
それぞれビールと焼き鳥を注文すると、のろのろと食べ始めた。
「嵯峨さんって、こういう輪に入るようなタイプじゃないんですね」
周りはうるさくて近寄らないとお互い声も聞こえない。
「あぁ……。ここへ来た時からあんな感じだよ。でも、今日も完璧だったし、ただ愛想が悪いだけさ。全く気にしなくていい。話はできるし、意見も聞く。ただちょっと、話しかけづらいだけさ」
「無表情ですしね…」
「まあなあ。笑ったこと、見たことねえかもなあ…。でも、顔で笑わなくても心では笑ってるだろうよ」
「…今日私が失敗したこととか?」
「いやまあ、あー、悪かったな、笑って」
「いや、そういうことじゃ!」
「うん、いや、そういうことは笑わずに、次外せるようにしとかなきゃと思って言うタイプだな」
「外しておくのが正解だったんでしょうか。私は、ミスしたらいけないと思って、外さなかったんですけど…」
「そりゃ外すのが正解さ。どんな状況になるか分かったもんじゃねえから。想定内の思考に縛られるとそうなる。完璧な想定外になると身動きがとれなくなる、それが本当は一番怖いもんだ」
「………」
山本の言葉を頭でフル稼働させて考える。
目の前では店主がレバーを焼いている。
レバー……、が焼ける……。
突然唾液が込み上げてきて、慌ててトイレへ走った。
「……今頃きたか」
山本の微かな声が聞こえたが、それには対応できず、ただ込み上げてくるものを便器の中に吐きだした。
「官舎の前からは歩けるかー」
「……ふぁい……」
「部屋の前まで行くかー?」
「……ふぁい……」
その背中からは煙草の匂いしかしない。
山本は1日何本くらい煙草を吸っているんだろう。
焼き鳥屋で吐けるだけ吐き、その後何も受け付けなかった三咲は、歩けないほどに憔悴し、山本に言われるがままおぶられて官舎へ戻ろうとしていた。
「死体見た時は大丈夫だったのになあ。後から来るタイプなんだなあ」
「………」
そんなタイプ、あったんだ。
「よっこらせ。もっと掴まれ!落ちるぞ」
思い切り首に腕を巻く。
「ぐえー、よしよし……」
「娘みたいですか?」
言って後悔する。そういや子供いなかったんだ。
「息子しかいねえからなあ」
「……」
あれ、バツ2だったんだろうか。どういうことだろうか。
「お前さんよお……」
「……」
「なあんでここ来たのよ」
話の核心だと分かる。多分、私が来る前から聞きたかったんだろう。
「ここって言われたからです」
「じゃなあんで、公安に希望を?」
「うーん。ドラマ見て、カッコ良かったからです。知りません? あ、本物の警察の人って刑事ドラマとか見ないんですよね」
「まあ、見ねえけど」
「ドラマってめちゃくちゃカッコ良いんですよ! まさか安全装置外し忘れるなんて絶対やらない」
三咲は自分で言って自分で笑った。
次いで山本も笑った。
「こういうおんぶ役は二枚目だしな」
「山本さん二枚目じゃないですか! 昔結構モテたでしょ!?」
「昔は余計だよ」
「アハハハ、すみません。でも良かった。今日山本さんの顔見た瞬間安心しました」
「……そうかい」
「はい!」
官舎はすぐそこだ。
三咲は、嵯峨なしでも充分やっていけるという確信を勝手に大きく持った。