俺を護るとは上出来だ~新米女性刑事×ベテラン部下~

 翌日、休憩中にネットで物件を検索、予約しておき、夜には契約して翌日の非番の日に皆に手伝ってもらって引っ越しを済ませた。

 言いつけざどおり、徒歩一分のすぐに出勤できる場所である。大通りに面しているし、アパートの下にはコンビニもある、もちろんオートロック付きで、暗証番号がないと、エレベーターにも乗れない。

 ここまで厳重でも、山本は仕事の手を止めてでも帰り道に付き合ってくれるし、非番の日や外出の時は他の人に頼んでおいてくれる。

 どこまでも紳士的で理想以上の部下だ。

 歩く時も時折、服が引っ付くほどに近づくと煙草の匂いがする。

 これだけ吸っていれば身体にも堪えるのではないかと心配になるが、そういうアドバイスはきっと愛した人が言うセリフだろう。 

 この人がいれば、どこにでもいても安心だ。そう思える。

 父親的な、兄的な、上司的な……。

 全てを受け入れてくれる。どんな私でもきっと、笑って守ってくれる。

 もちろんそれは、私だけにではない。みんなに優しいのだ。犯罪者にだって、誰にだって。

 ひょっとして、その温かさに人生を変えられた人もいるかもしれない。

 それくらい、この人には人を導く力がある。



「ありがとうございました。じゃあ、また明日」

「おう、気を付けてな」

 上司をエレベーターに乗せるまでが部下の仕事だ。

 山本は、その考えを苦とも思わず、署から出て5分程度歩くことが息抜きになって丁度良いと考えていた。

 毎回、署のロビーに戻る前に、

『部屋に着きました。ありがとうございました。おやすみなさい』

 という腕時計からの声を聞きとどける。

「はいよ、お休み」

 今日は取り調べに時間がかかったせいで調書がまだ出来ていない。だが、もう一度3係りに戻る気にはならず、このまま帰ることにするか、とロビーから外に出て、官舎へ向かって歩き出す。

 冷蔵庫のビールは買い置きせず、毎日官舎までのコンビニで買って帰っている。

 コンビニの店員がてきぱきしていて、毎日そうさせるのだ。

 今日は疲れたから、350ミリを買っても飲み切れないかもしれない、と思いながらも缶ビールを手にとった瞬間、腕時計から電話がかかってくる。三咲だ。

 良い予感はしなかったので、そのままビールを置いて、外に出ながらイヤホンで電話に出た。

『…………』

「…おい、どうした?……おい!!」

『来て下さい。コンビニまで』

「こ……落ち着け、どこにいる?」

 慌てているのは自分の方だと、若干後悔する。

『コンビニです。さっきの、私の家の下の』

「すぐだ。俺も官舎の間のコンビニにいる。そのまま繋いどけ。5分で着く」

『…………』

 何もしゃべらない。空き巣でも入っていたか。単なる空き巣ならいいんだが、そういうわけでもなさそうだ。

 そのまま猛ダッシュし、さきほどのコンビニに息をつきながら到着する。コンビニの店内で茫然と立ち尽くす姿がガラス越しに見え、慌てて入り込んだ。

「とりあえず、外へ」

 腕を引っ張って外へ出す。

 何かあったのは明白だ。レイプ犯と遭遇でもしたか。

「お……」

 外へ出るなり、胸元に頭を預けてくる。

「い……」

 そういう風に慰めるのは慣れてないんだが。

「…………こわい……」

 肩が震えている。

 泣いているわけではなさそうだ。

 コンビニの出入り口、おっさんと若い娘がいちゃつく場所ではない。

 俺はとりあえず、両肩をつかんで頭を引きはがすと

「署に戻ろう。そこが一番安全だ」

 そっと肩に手を触れたままで署に戻り、連れ立って食堂に入る。

 24時間解放になっている食堂は、夜は営業はしていないが、座ってコンビニ弁当を食している者がいる。

 数少ないソファ席に三咲を座らせ、缶コーヒーを微糖とブラック2本買い、微糖を置く。ブラックは眠気覚ましのために、すぐに開けて一口飲んだ。

 三咲は視線も触れず、もちろん手もつけずに、ゆっくり口を開いた。

「……うちは、郵便物は、大家さんが一旦預かって、ロッカーに入れてくれるんです。

 でもまだ入ったばかりだし、開けて見たのは1度だけです」

「………」

 山本は黙ってそのぼんやりした眼を見つめた。あらゆる非常識な郵便物が予測で成り立ったがすぐに消去して、無の状態で言葉を待つ。

「部屋に入ろうとすると、玄関のドアのメモ用紙に「手紙がきてます」って大家さんからメッセージがありました。

 親切な人だと思ってそのままロッカーを開けにいきました。

 そしたら、白い封筒があって、その中から、写真が出てきました」

 察しがついたので、その眼の先を自然と見つめた。

「部屋にいる、私を映したものでした」



「てなわけだ」

 山本は三咲宅のロッカーから取り出した封筒に入っていた写真の中で裸体が映っている物も含めてもう一度封筒に戻してから、鏡に手渡した。

「本人は?」

「仮眠室だ。相当参ってる」

「署内にある地下の官長仮眠室にはまだ余りがあります。そこを使えるよう申請してみます。1DKだから住めるでしょう」

「……閉じこもるったって限界がある……」

 山本は大きな溜息を吐いた。

「実は…ここだけの話ですが、彼女はスパイにさせるつもりでした」

 内心相当驚いたが、そういう事を隠す訓練だけは身についている。

「…何を落とすつもりで?」

「政治家、暴力団、色々です」

 山本は首を振った。

「向いてない」

「でも、相原かどちらかをうちから出さないといけない」

「……まだ相原の方が呑み込むでしょう」

 山本はそっけなく言う。

 鏡は山本をじっと見つめた。

「噂を信じているのですか?」

「何の噂か知りませんが……」

「警視総監との恋仲です」

「まあ……」

 山本は、目を逸らした。

「どちらにせよ、引っ越しを急いで身の確保をすると同時に住居不法侵入で犯人を押さえましょう」
< 9 / 27 >

この作品をシェア

pagetop