彼女の距離感に困る
彼女とはよく目が合う。
そうは思っていたけれど、確かに自分からも合わせなければ、人と視線を絡めることは出来ない。
それを数秒間も、毎日のように……?
まさか、自分が、望んでいた……?
彼女の言いたかったであろう言葉がじわじわと浸透していくようだ。
むず痒い、頭部に熱が集まってくるのを感じる、おかしい、どういうことだ、動悸までしてきたではないか。
「あ、ちょっ……待て」
動揺して止まらない。
自分の隠れていた気持ちに、また、気付いてしまったばかりで、しかし。
「いっぱい待った」
「……え?」
「もうね、いっぱい待ったし、あんたクール属性として騒がれるし、あたしなんてもっと前から知ってんのにって、思うじゃない」
既に、情報が整理しきれていない。
くーる?
冷たい?冷たい自覚はある。
だが属性とはなんだ?
「え?ん?くーる属性??とは??」
「疎い。鈍い。いえ、知識不足……? だから勘違いしてるって教えてあげたのに、それでも他人を遠巻きに見て……でも」
内容に付いていけていない。
しかし彼女が、いつものような堂々としている態度ではいられていないことはわかる。
声が上ずり、いつもより言葉がはやい。
不安が、伝わってくる。
「でもね、あたしには他の人に向けているそういう壁ないから……勘違いしちゃうじゃない」
「勘違い……?」
「特別だと、思っちゃうじゃない」
特別……?
俺にとって、彼女は一体なんだろう?
目を合わせることを、望んでいる自分がいた。
彼女と関わるのは嫌じゃない、緊張もするが、心地がいい。
それは……信頼しているからだろうか?
それもある、が、確かに彼女の言う通り、特別だと言える気持ちも否定出来ない。
彼女は、紛れもない特別な存在だ、他の社員とも友人とも違う、ただ一人、目を合わせていたいと思える人。
「特別……か」
「特別、なのよ。あたしにとっては、アンタが」
「……ん、え?」
「……もう!」
座っていたブランコから立ち上がり、距離を詰めてくる彼女の思考を、やはり理解することができず、困惑したままの俺のすぐ前まで来た彼女は止まり、腕を捕み、至近距離から視線を絡ませてきた。
「……っ!?」
「あたしは知りたい、アンタの気持ち」
「そ、それはこちらのセリフというか……」
君は一体、何をしたいのか?
何を考えている上での行動なのか?
至近距離で見る彼女の目は潤んでいて、今にも零れ落ちそうな涙が溜まっている。
「な、涙が……?」
「これは、緊張とか、怖かったりとかのせいで、いいの気にしなくて!」
「緊張……?」
ふと、リンクする、以前の自分。
緊張と同時に心地良さもある、彼女との時間。
「君も……緊張していたのか……?」
「も、って……え?」
手から伝わる震え。
「え、ちょっと待って、やだ、これ以上期待させないで……」
「だが、君は知りたいと言った」
「言ったけど、言ったけどアンタ自分の感情に疎いから絶対望み薄いし……」
「俺も、君は何を考えているのかと、よく思うことがある」
ほろり、我慢が効かなくなった涙がキラキラとした線を描き、零れ落ちた。
「同じなら、同じ気持ちでいて欲しい」
「……」
「私はドキドキしてるし、緊張してるし、フラれるの怖いし、でもやっぱりアンタが特別なの」
ふわり、頬に伸ばされた右手が、優しく撫でる。
ゾクリと体の内側が反応する、彼女の瞳に吸い込まれそうになる。
「アンタの特別になりたい。すぐじゃなくていい、アンタが自分の気持ち、あたしへの気持ちを理解して、そしたら、その時に……」
「……」
「もう一度、聞きたい、アンタの気持ち」
そう言うと、彼女は俺の首の後ろに手を置き、引っ張った。
かおがぶつかると思い、反射的に目を瞑る
しかしそっと、この頬に、優しいその感触が落ちた。
「待ってあげる」
心臓が暴れる。
彼女は、今、なにを……。
硬直して、ただひたすら彼女の行動への疑問で頭の中が埋め尽くされた。
「いっぱい考えて、頭の中をあたしで満たしてしまえばいいわ」
そうして今度は、ふわりとした柔らかな笑みに、心臓の辺りがキュッとした。